第10回 「こんなの楽勝ですよ」

「デバッグのバイトが意見するとFFのラストダンジョンが理不尽になる」

なんていう風に書くとこれは有名な桶屋が儲かる諺の様で、「どうこじつければそうなるのか」と思う人もいようが、実際の所この二つの事象は限りなく緊密な関係にあって、その証拠にFF3のラストダンジョンは当時デバッグのバイトをしていたとある人間の一言によってあの様な理不尽な仕様になってしまったのである。

それは今や伝説の様にFFプレイヤーの中で語り継がれている。「FF3のラストダンジョンが長過ぎる」 或いは今時の若者風にでも言えば「FF3のラストダンジョンが超長い」 今時の若者のどれ程がFF3をプレイした経験があるのかは知らないが、それはともかくFF3のラストダンジョンはとてつもなく長いのだ。
FF6の様に複数パーティーで攻略する事による新鮮さなんてものはない。FF9の様に途中、逐一イベントが挿入される訳でもない。そしてFF8の様にこれと言った謎解きがあるという訳でもなく、ただただ長いのである。クリスタルタワーの最上階で魔王ザンデと戦う前後と、そしてラスボス戦前にちょっとしたイベントがある以外はとにかく歩くのみという言わば単調さの極み。これこそ、多くのFF3プレイヤーに「辛い」と言わしめた要因の一つだろう。
しかし真の要因はその単調さに非ず。本当に辛いのはただ冗長なだけのダンジョンという訳ではなく、道中に一切のセーブポイントがないという事だ。
FF4以降のラストダンジョンというか、一体にダンジョン全般がさほど苦痛に感じないのは、何よりセーブポイントの存在が大きかったと言えるだろう。しかし、ファミコン時代のFFにそんな便利な機能はない。プレイヤーは途中でプレイを中断する事すら許されず、一息にエンディングまで到達する事を迫られる事となる。
そして、それだけでも極端に高くなる難易度により拍車をかけるのが、並居るボス敵達の存在だ。特にダンジョンの後半部、闇の世界で戦う事になる四体の中ボスの中には、正直クリスタルタワーで戦った魔王ザンデよりも厄介なんじゃないかと思える様な輩もいる始末である(実際、中ボスでありながら四体のHP量はいずれもザンデの上をいく)。これで勿論ラスボスである暗闇の雲だって弱くはない訳で、幾らここまでの道程を無事やって来れた歴戦の猛者だろうが敢え無くやられてしまう可能性は十分にあるのだ。
攻略するのにかかる時間は大体二時間と言った所か。各所にある宝箱を開けていくのであればその数字は三時間、乃至は四時間に膨れ上がってもおかしくはないだろう。その決して短くはない時間の中、繰り返されるザコ戦によって見る見る内に上がるレベル。見る見る内に増える所持金。それらが、不意に戦う事となったボスにやられ一瞬にして無に帰するという事の恐ろしさたるや。それは考えたくもない悲劇ではあるが、しかし実際に存在するのだ。闇の世界の中ボス、アーリマン(今でこそザコ敵としてお馴染みだからより一層やるせない)に全滅させられた者、ボスですらないザコ敵に敗れ去った者、そしてラスボス、暗闇の雲の前に倒れ、三、四時間の苦闘が水の泡となった者…それを経験して以降、FF3をプレイする気力がなくなってしまった者も少なくない。

かようにも辛く、険しく、歩むならば必ずや苦しみ抜く事を強制されるFF3のラストダンジョンだが、実は最初からセーブポイントが設置されていなかった訳ではない。開発のある段階まではちゃんとセーブポイントはあったし、その上回復ポイントもあったのだ。
しかし、開発も粗方終わり、デバッグ作業に勤しんでいたある日の事、そのデバッグに携わっていたとあるアルバイトの人間が発したこの一言により、それら救済措置の類は一切取り払われる事になった。

「こんなの楽勝ですよ」

勿論私は、この言葉を切っ掛けにセーブポイントをなくしてしまった人にも非はあったと思う。しかしそれ以上に、こう発言したそのバイトの人間を恨めしく思うのだ。今もって当時のFFプレイヤーの脳裏に強烈なトラウマを残す一言を発したその人の事を――
リアルタイムでこそなかったが、今日現在ファミコンでしかプレイ出来ないFF3をクリアした経験のある、一人の男の声である。


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