かつて、己の将来を不安に思う一人の青年がいた。ジョゼ討伐隊チョコボ騎兵隊に所属していたその青年は、自分が騎兵という立場の下に日々を過ごす事を何度も疑問視してきた。
確かに、確かに僕はチョコボとコミュニケーションを取るのが得意だ。何よりチョコボと触れ合う事が楽しい。でも、だからと言って、本当に僕は討伐隊にいていいのだろうか? 戦いにかける才能の無い僕が…
ルチル隊長に、チョコボとのコミュニケーション能力を買われて騎兵隊に抜擢されたまではよかったが、連日ヘマをするばかり。重要な作戦を遂行する時も決して前線には配置されず、せいぜい道案内がいい所だ。
そんな日々を過ごす中で、前々から、少しずつ溜まり続けた不安感が頂点に達した時、彼はティーダにこんな問いを投げかけた。
「自分に向いている仕事は一体何だろうか?」 「やっぱり僕は騎兵隊には向いていないと思う?」
この時彼は本気で悩んでいたのだろう。本当に切羽詰っていたのだろう。それが証拠に、状況が状況であるだけ必ずしも真剣だったとは限らないティーダの返答如何で、彼は実際にその後の人生を左右させてしまう事になる。片やこれまでの様にチョコボ騎兵隊として、片やチョコボとの触れ合いに重きを置いた連絡船リキ号のチョコボ飼育係として、あまりにも対称的な道を歩む事になるのだ。
今回は、その二つの対称的な道の内、チョコボ飼育係としての人生を歩むと決めたクラスコについての話である。
時は二年後。うら若き一人の召喚士が『シン』を倒し、世には永遠のナギ節が訪れ、かつてクラスコが身を置いた討伐隊は解隊、後に「真実運動」の影響から青年同盟として新たに出発した。
このスピラに生きる全ての者達が否応無く生き方の転換を迫られた激動の二年。『シン』の恐怖に怯える必要の無い世界に全く新しい生き方を見出す者もいれば、相も変わらずそれまでの生活を続けている者もいる。だがクラスコはと言えばどうか。彼はそのどちらの人間でもなかった。内心では今の日々に疑問を持っているのだが、しかし現状から脱却する踏ん切りもつかないまま、青年同盟の道案内役として働いている。つまり、彼は二年前からただの一歩も前へ進めていないのだ。その辺り、やはり二年間もの間ビサイドに閉じこもり続けていたユウナに共通するものがある。
ただ、何かがおかしくないか。確か彼は二年前に、ティーダの助言を切っ掛けとして討伐隊を辞め、連絡船リキ号のチョコボ飼育員になった筈ではなかったのか。あの二年前の時点で、討伐隊に残る決断をしていたのであればまだ分かる。それだけでなく、青年同盟の構成員は何も元討伐隊員に限られている訳ではないのでその点も問題ではない。でも、何故彼はチョコボの飼育員という天職をも辞めてしまったのだろう。あのクラスコの事だ、よもや役に立たないからクビになった筈はなかろう。だとすれば彼は能動的に飼育員を辞めたという事になる筈なのだ。
それは何故か。彼が討伐隊を辞めた時の覚悟たるや相当のものだっただろう事から、安易な心変わりが生じたとは考え難い。また、彼の人生においてその先々を左右するのはやはりチョコボという存在に他ならない事を加味すると、彼が青年同盟入りした背景には、彼自身の変化ではなく、チョコボ側に何らかの小さくない変化があったからだと考えた方が良さそうだ。
だとするなら、思い当たる節は無い訳ではない。彼が日々触れ合っていたチョコボというのは連絡船の動力として働いていたチョコボだったのだから、そこに一つの仮説を見出す事は可能なのである。
説明しよう。永遠のナギ節が訪れて二年。この間スピラでは数々の変革が起こったが、その中には「機械」という存在の躍進があった。かつてその使用が「罪」として扱われ、長きにわたり文明の表舞台から姿を消していた機械。その技術は、機械の不使用を始めとして数多の教えを人々に与えてきたエボン寺院の黒い真実が白日の下にさらされた事を切っ掛けに少しずつ世界に広まり始めており、その事は、この二年間リュックがスピラ中で機械の使い方を指導していたという事実からも伺える。
それに伴い、まず人々がその技術を日常生活の利便性向上の為に傾けた対象は何だったか。そう、それはミヘン街道やナギ平原のホバーに代表される移動手段である。ことミヘン街道では、かつて旅人の足としてチョコボが活躍しており、移動手段としての性能としてはほぼ文句の付けようがなかったにも拘らず、その役目は機械に取って代わられていた。
これと同様の事が、ビサイド島とキーリカ島を往復する連絡船リキ号にも起こったとは考えられないだろうか。機械の使用が禁じられていた二年前まではチョコボこそが船の動力だった訳だが、効率を重視するのであれば、そして機械の使用が許可されているのであれば、最早敢えてチョコボを利用する必要はなくなるだろう。スピラ各地に広がる機械化の波は、例外無くこの連絡船の運行事情にも影響を与えていたと考えられるのだ。
結果、この二年の間に、連絡船からチョコボの姿は消えた。それ即ち、連絡船の運航に関し「チョコボ飼育員」という存在が不必要になったという事である。クラスコは決断しなければならなかった。
そもそもチョコボとの触れ合いを求めてこの連絡船で働く事になったのに、そのチョコボがいなくなる事になった。自分はこの先どうすればいいのか? やっぱりチョコボのいない生活なんて考えられないから船を降りるしかないのか…でもここでの仕事を辞めた所で、この先何をすればいいのだろう?
今回は傍にチョコボがいるか否かを左右する問題である為、彼にとってその決断は二年前のそれよりも重要なものだった事だろう。結果として彼は連絡船リキ号での仕事を辞め、他にしたい事を見出せないまま、何となく古巣へ戻る事となった。ちなみに、青年同盟盟主の同盟運営方針は「来る者拒まず」なので、出戻りのクラスコが同盟入りを許されないといった心配は無かっただろうが、もしかしたら加入の際にはルチルの口添えがあった可能性も十分ある事だと考えられる。
と、ここでは一応クラスコが自分の決断でもって連絡船での仕事を辞めたかの様に書いたが、やはりそうは考え難いかもしれない。とかく何か行動を起こす際には他人の力添えが無くてはならない彼の事だ。連絡船の仕事を辞めたのも、チョコボ飼育員が必要無くなった事によってクビにさせられただけだった公算が大きい。
実際の所、もし彼がその後も続けて連絡船で働ける事になっていたとしても、チョコボに関係しない事については基本的に役立たないのだから程無くして結局クビになったであろう事を考えると、彼の青年同盟入りに自分自身の意思は全くもって影響を及ぼしていなかったのかもしれない。
クラスコ。彼はさながらこのスピラにおける「リストラ組」か。
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