FF10の物語から二年後、1000年の時を経て人々がようやく得た悠久の平和を描く「永遠のナギ節」は、ユウナが海に潜っているシーンから始まる。

37 38 39 40 41 ――2分41秒――最高記録

どうやらこの二年、彼女は潜水の練習をしていた様だ。それは、あの日海へと還っていったティーダを想い、少しでも近付きたいと思っての事だったのだろうか。島から広く彼方まで続く海を見つめては、いつか聞こえてくると信じて止まない指笛の音に耳を傾けようとし、そしてその海に潜っては、そこに彼の存在を確かめようとする。そこには彼女の、周囲の人間がいたたまれなくなる程の一途な想いを垣間見る事が出来る。
2分41秒。それは、ティーダの息吹を感じ取るには短過ぎるものであったかもしれない。かつての彼が水中にその身を委ね、華麗に泳いでいたあの時に何を感じていたのか、それに共感しようとするにも不十分な時間でしかない。しかし、二年前の事を思い返せば、この二年、彼女がどれだけの練習を積んできたのか、それは察するに余りあろう。勿論の事、潜水の練習のみにうつつを抜かしている訳にはいかない程多忙だった彼女が、その日々の中で手にしたこの2分41秒という時間は非常に大きなものだった筈だ。
ユウナが潜水の最高記録を樹立した正にその日、一つのスフィアを切っ掛けとして彼女の物語は大きく動く事になるのだがしかし、それと同時にこの「2分41秒」すら、極めて大きな変貌を遂げようとは、果たして誰が予想出来ただろう。
それはゲーム中におけるStory Lv.5時点のルカにて起こった。少し前に開催された大会によって爆発的に盛り上がったスフィアブレイクに対する熱も一旦は収拾し、人々が次の娯楽―いよいよシーズンの到来したブリッツボールへと食指を向けつつあったルカの街で。
毎年ルカで開催されている大会への人々の熱狂振りは最早言うまでもないだろう。特に二年前、謎のエースを従えたビサイド・オーラカがエボンカップで善戦して以降は、また一層の盛り上がりを見せていた様だ。
しかし、本格的なシーズンの到来を目前に控え、思いも寄らない事が起こった。ルールーが無事男の子を出産した事に関係して、今年はビサイド・オーラカが大会に参加出来ないと言うのだ。それだけではない。何とワッカは、オーラカが出場出来ない代わりとして、カモメ団に大会出場を頼んだのである。
私は思った、そんな事があっていいのだろうかと。何年もの間、精一杯練習を積んできたオーラカの面々の苦労を知っているからこそ。気合の面で問題が無かったとは言えなかったかもしれないが、しかし一生懸命練習の日々を送ってきた彼等でさえ、エボンカップでは何年も連続で初戦敗退を喫していたのだ。それ程までに厳しい戦いの中へ、ろくに練習していよう筈もないカモメ団の面々を送り込んで、果たしてどうなると言うのか。何とか人数は足りている様だ。カモメ団が大会に参加すればそれだけで大いに盛り上がるであろう事も確かだ。しかし、カモメ団には5分とて満足に泳いでいられない人間すらいるのである。そんな人間がいるチームを大会に参加させる事は、ともすれば優勝を目指し、本気で練習を積んできた選手達に対して失礼にもなりかねないのではないのだろうか。私はそう思ったのだ。
しかし、カモメ団が大会に参加する事を決意した直後のユウナの独白を聞いた時、私は戦慄したのである。

潜ることだけは、たくさん練習してきたんだ。今はね――うん。きっと驚くよ。

この、何処か自信有りげな言葉。これから行われる試合に出場し、それだけに留まらず選手としての働きもこなすという事を示唆している様に受け取れる。
まさか、それはあり得ない。そもそもユウナは水中で長時間泳げないではないか。この二年間、潜水の練習を積んできたとは言え、ユウナが潜れるのは高々2分41秒程度。ただ潜っているだけじゃなく、激しい運動も伴う事になるブリッツボールにそんな彼女が参加出来よう筈がないだろう。そう思わされて当然だった。
だが、次に見た光景は何だったか。そう、そこには二年前までの、一切泳げなかったという面影を全くもって感じさせない彼女の姿があった。確かにビサイド島を出た段階では2分41秒潜っているのが精一杯だった彼女は、この際実力の程はおいておくとしても、いつの間にやら普通に試合に出場出来る様になっていたのである。
彼女が2分41秒という潜水時間の最高記録を樹立してからブリッツボール選手としてデビューするまでの期間は定かではないが、「FF10-2 ULTIMANIA」を見ると記録樹立日からFF10-2のオープニング時までの期間は約一ヶ月とある事から、ブリッツボールのシーズンが始まるまででいたずらに長い時を経たとは考え難い。つまり彼女は、ビサイド島を離れてからの短期間で飛躍的に潜水能力を伸ばしたという事になる訳だ。
一体ユウナは如何にして、ブリッツボール選手として活躍出来るだけの能力を身に付けたのか。これを考えよう。

一つ考えられたのは、「ユウナが記録した2分41秒という時間は何処まで正確なものだったのか」という点だ。
どうやら映像を見る限りではユウナは、潜っている時間を計測する為にストップウォッチ等の機器を用いてはいない様だ。つまりいつも体内時計を頼りに時間を計っていたという事になる。
勿論、何らかの大会に出るとかいう理由で練習をしている訳ではない彼女が、秒単位まで正確な記録を求める理由は何処にもないのであり、また、二年前まで「機械禁止」の教えが強くスピラの人々に浸透していた事からしてもこれは当然の事と言えるだろう。そして、だからこそ先の様な考えを持ち出さざるを得ない。
時間計測の手段が体内時計なのであれば、必ずや実時間とのズレが生じる筈だ。つまり、彼女自身はあの時の記録を2分41秒と言ってはいたが、実際にはもっと長かった可能性もあるという事だ。流石に2分41秒間のカウントを行うのに5分以上もの時間を費やす程のズレがあるとは考え難いものの、人の体内時計の正確さもピンからキリまで。100%あり得ない事だとは言い切れないのである。
そこで、それを実際に調べてみた。方法は簡単だ。実際に「永遠のナギ節」における「海に潜って時間を数えている場面」を見、実際の時間と比較してみればいい。冒頭にある様に、「永遠のナギ節」ではユウナが海に潜って2分37秒時点から2分41秒時点までの4秒間について、彼女が時間をカウントしている様子を聞く事が出来る。
計測してみた所、この4秒間のカウントで実際には約5秒の時間が経過していた。ただし、件のカウントでは2分40秒と限界値であった2分41秒との間でそれまでよりも長めの溜めがあった事から、実際にはもう少し正確だと言えるだろう。
とは言え、4秒のカウントに5秒かかったという結果を、その他の要素を完全に無視して2分41秒という記録に適用させたとしても、2分41秒は高々3分21秒程にしかならず、これではやはり彼女がブリッツボールに選手として参加していた事の説明にはならない。もっと5分という数値に肉薄していたのならまだしも、依然1分40秒もの差があるのであれば、あれからの短期間で5分潜れる様になったと考えるのはやはり無理があると言わざるを得ないだろう。

振り出しに戻ってしまった。やはり、どんなに信じ難い事であろうが、ユウナが短期間で大幅に潜水能力を高めたのは、体内時計の狂いを補整すれば現実的なものになる様な中途半端なものではないらしい。
と、ここで私は考えた。高々数ヶ月すらも経っていない中で潜水能力を数倍に、それも極めて加速度的に上昇させたという事実が現実離れしているのならば、その原因には「現実に存在しない要素」が関わっているのではないか?
「現実に存在しない要素」、そして「長時間の潜水」 この二つに関係するもの、それは幻光虫である。そもそも何故ブリッツボール選手があんなにも長時間水中に潜っていられるのかと言えば、それは水に馴染み易く、そして水を球状に固めておく為にも利用されている幻光虫が彼等選手に影響を与えているからだ。何も単に肺活量が多いからという訳ではないのである。
ユウナがかようにも人間離れしている偉業を成し得たのには、この幻光虫が重要な要素として存在していたと考えられそうだ。そして、そうとなればここに、新たな一つの説を提起する事が出来るのではないか。そう、「ユウナの偉業達成の陰に、幻光虫の存在があったのではないか」とする仮説は、次の事実によって瞬く間に現実味を帯びた説として捉えられる様になるのだ。
ユウナは召喚士である。では「召喚」とは何か。それは、祈り子の夢と幻光虫とを結合させ、それを具現化させるという事だ。召喚士の行う「異界送り」とは何か。それは原理的な説明をするなら、死者の亡骸から幻光虫を抽出したり、死人を幻光虫に分解したりして現世から消滅させる事だ。召喚士の召喚士たる事を証明するこの二点の要素は、いずれも幻光虫に関わりの深いものなのである。
つまりだ、元々幻光虫と密接な関わりを持つ召喚士だったからこそ、ユウナは劇的に潜水能力を伸ばせたのではないか、そう考えられるのである。召喚士だったからこそ幻光虫の扱いに長けていた例としては、二年前にベベルで「生者を瞬時に幻光虫に分解した」事のあるシーモアがいるので、その点でこれは十分あり得る説だと言えるだろう(もっとも、シーモアが生者を幻光虫に分解出来たのには、異界を管理するグアドの人間だったからという理由もあるが)。

ただしだ、FF10のエンディング時から約二年もの間について言えば、ユウナは高々2分41秒しか潜っていられなかった訳だから、その当時の彼女はどうも幻光虫のサポートを十分に得てはいない様だ。それは一体何故か。思うにそれは、彼女が潜水と幻光虫の関係性についての事を知らなかったからなのではないだろうか。
そもそも幻光虫というものはスピラの人々にとってみれば、知られてこそいるもののその詳しい所については全くの未知なる存在である。事実、幻光虫の深層について語れる一般人はこのスピラの中には何処にもいない。かろうじて、メイチェンの言っていた事がかなり的を射ていたが、当のメイチェンが一般人等ではなかった事はFF10-2で明らかになっている。
そんな、ブリッツボール選手とて恐らく知らない様な潜水と幻光虫との密接な関わり合いについて、これまで潜水とは無縁だった彼女が知っていた筈はないだろう。だからこそ彼女は、独学で練習を積んでいたこの二年間において、普通の人程度の成長しか出来なかった訳だ。
では、その彼女がビサイドを出てからの短期間で、幻光虫のサポートを如何なく得られる様になったのは何故か。これは、その後の彼女の状況を考える事で分かってきそうだ。
まず、ビサイドを出てからユウナが身を置いたカモメ団には、FF10でその泳ぎの達者振りを存分に見せ付けているリュックがいる。ユウナも自身で言っていたが、潜水にはどうやら「いくつかのコツ」が必要らしいので、その辺りの事をリュックから伝授してもらった可能性はある。勿論それは、リュックも得ていた筈の幻光虫のサポートに関係したものもあった筈だ。
とは言え、あくまでもリュックは「幻光虫の性質の詳細」を知らない人間だろう。大体カモメ団内でなくとも、ビサイドにだって長時間の潜水を可能とする優秀なブリッツボール選手はいるのだから、そういった人達と大差の無いリュックの助言だけで、ユウナがそれまでにはなかった劇的な変化を遂げたとは思えない。やはり「短期間で」という要素を加味するなら、幻光虫のメカニズムにまで突っ込んだ形での助言が必要だろうと考えられるのだ。
と、ここで気付いた。そう、カモメ団にはいるではないか。まかり間違ってもビサイド島等という辺境の島村にはいる筈のない、「幻光虫のメカニズムにまで突っ込んだ話」の出来る人間が。シンラ君という天才少年が。
彼からすれば、幻光虫と水との深い関係性といった話はお手の物だろう。更にシンラ君自身、長時間の潜水が出来る事から、潜水の練習をするにおいては最早リュックの存在すら不必要であったかもしれない。
結果としてユウナは、シンラ君からの助言の下「幻光虫のサポートを得るコツ」を体得し、その末に普通では考えられない程に潜水能力を飛躍させた、という事だったのである。

もし、カモメ団にシンラ君がいなかったとしたら、ゲーム中でブリッツボールのシーズンを迎える時期になって尚、ユウナが潜っていられたのは高々2分と41秒程度だったと思われ、それ故カモメ団が電撃参戦する事も恐らくはなかっただろう。勿論そうとなれば、ビサイド・オーラカを欠き、その代替チームも特に現れなかったこの年のブリッツボールシーズンは多少熱気にも欠けていた筈だ。となると実はシンラ君は、今年のブリッツボールシーズンを盛り上げた重要な人物だったのかもしれない。
今年のブリッツボールを盛り上げた陰の立役者、シンラ君。この件に関し、その名が表に出る事は今後も無いだろうが、その功績は非常に大きかったと言える。


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