その時、青年達の叫びは儚くも空虚と化す。
「ガラフ死ぬな、『ケアルガ』!」
「お願い、『レイズ』!!」
「目をさませ! 『フェニックスの尾』『エリクサー』!!」
しかしその彼等の想いは、ただの一つとして結実しなかった。長老の木の只中で割れんばかりに張り上げた叫喚は、だがしかし周囲に木霊するばかりで、目の前の死に行くガラフを救え等しなかったのだ。
幾多の戦いを共にしてきた盟友の死を嘆くバッツ達。彼等はそして一頻り嘆いた後、死した友の血と、力と、想いとを受け継ぐ少女と共にまた一歩前へ踏み出すのであった…
言うまでもなく、FF5を代表するイベントの一つである。しかしある種の人間は、ここにおいて悲しみとは全くもって異なった、とある思いに駆られる事となる。
「『エリクサー』が勿体無いではないか」
「勝手に『エリクサー』使うなよ」
ここに至るまで愛着を持って、或いは大いなる慈愛の精神の下にガラフというキャラクターを育て上げ、そして心の底から悲しんだ人からすれば、あまりに乾いた、愛のない言葉である。しかし踏み込んで考えないのならFF5とはあくまでもゲームであって、それは「ゲームに過ぎない」とさえ言えるのであって、そして人間の千差万別さは、悲しみに満たされる人間を生み出す一方でプレイヤーの意思とは独立してアイテムを使おうとするファリスに不信感を抱く人間もまた生み出すのだ。何の参考になる訳でもないが、FF5初回プレイ時の筆者は、割と後者寄りの人間であった事をここに付け加えておく。
そう、人間とは千差万別である。FF5のプレイヤーが仮に百万いるとすれば、百万通りのプレイがそこにはある訳で。中にはこんな状況に出くわした者もいただろう。
- ファリスが持ってもいない「フェニックスの尾」や「エリクサー」を使おうとした。
- レナが覚えてもいない「レイズ」を唱えようとした
- バッツが知りもしない「ケアルガ」を唱えようとした
確かに、こういった状況が起こる可能性は少ない。だが、狙いさえすれば必ずや起きる事象でもある。事前に「フェニックスの尾」や「エリクサー」を使い切っておいたとしてもファリスはありもしないそれらを使おうとするし、「レイズ」や「ケアルガ」を魔法屋で購入していなかったとしてもとレナ、バッツはそれらを唱えようとするのだ。
何故。何故彼等は「フェニックスの尾」「エリクサー」を持っていない状況ですら、「レイズ」「ケアルガ」を修得していない状況ですら、それらを使用しようとするのだろうか、使用しようと出来たのだろうか。その真意や、如何に。
ここでは最初に、「フェニックスの尾」と「エリクサー」とを使おうとしたファリスについて考えたい。
文字通り瀕死の危機にあるガラフに対し、上記二つのアイテムを使おうとした。この事実からまず、当時のファリスがどの様な心境であったのか、どの様な状況下に置かれていたのか、それをはっきりと読み取る事が出来る。
何せ彼女は、あろう事か「エリクサー」を取り出し、そして使おうとしているのだ。これの意味する所がお分かりだろうか。彼女は「とっくに戦闘不能状態になっているガラフ」に対し「戦闘不能状態のキャラクターには効果を成さないエリクサー」を使おうとしたという事である。バッツ達と出会って以降、まこと多くの戦いの中に身を置き、各種アイテムの特性なんてものは最早常識として頭の中にインプットされていたに違いない彼女が、だ。
ファリスは重度の錯乱状態にあったのではなかろうか。エクスデスから非情なまでの攻撃の嵐に遭い、誰の目にも虫の息である事明らかな戦友の姿を見て。あの瞬間、ファリスにはただ「ガラフを回復してあげなければ」という事しか頭の中になかったのではないか。「戦闘不能」という状態異常の概念なんて考えもしていなかったのではないか。或いは単純に目の前のガラフが戦闘不能状態であるのかないのか、その判断すら付かなかったとも考えられようか。
「彼女は『フェニックスの尾』を使用してガラフの戦闘不能状態を解除し、かかる後に『エリクサー』を用いてHP並びにMPを回復させようとしていて、何も錯乱状態にあったという訳ではないのでは」 或いはその様な反論もあるかもしれない。しかしそれは違う。状況からして先に使った「フェニックスの尾」がその効果を発揮しなかった事は自明だが(だからこそこのイベントの前後で「フェニックスの尾」の所持数は変化しない)、もしその時ファリスがある程度正常に物事を判断出来る状態にあったとするなら、彼女はその時点で「フェニックスの尾」の使用失敗を認識出来ていた筈で、続けて「戦闘不能状態の者には効果のないエリクサー」を使おうとするとは思えないからだ。もし彼女の精神状態が正常であり、ガラフが戦闘不能状態である事を頭で理解出来ていたのならば、「エリクサー」というアイテムがガラフに効かない事を悟ったであろう筈だからだ。仮に彼女が「フェニックスの尾」を用いてガラフを戦闘不能状態から復活させた後に「エリクサー」を使おうとしていたのではというその考えが正しいのだとしても、「エリクサー」を使おうとしたという事実は結局彼女がガラフの置かれている状況を満足に把握出来ていなかったという事を指し、そしてそこに彼女の混乱振りを見て取れるのである。それはさながら、シルドラとの別れに涙し、幼き頃からの友を引き止めようとただただ叫んだあの日の彼女にも似た――
ファリスがあの瞬間、極度の錯乱状態に陥っていた事は分かった。だとするなら、冒頭の謎に一つの解を得る事が出来ようか。「何故ファリスは『フェニックスの尾』や『エリクサー』を所持していなくてもそれらを使おうとするのか」
あの時、ファリスは手持ちのアイテムの事すら十分に把握出来ていなかったのだ。今にも死んでしまいそうなガラフを前に、「回復」というキーワードと瞬時に結び付いた「フェニックスの尾」と「エリクサー」 この二つのアイテムをとにかく使わなければという事で頭は一杯になって、それらアイテムを後幾つ持っているのか、或いは既に使い切ってしまっているのか、そんな事にまで到底頭が回らなかったのである。
そんな彼女は、口では「フェニックスの尾」と、そして「エリクサー」と言っていながら、しかし焦りから全く別のアイテムを手に取っていたと考えられる。それは例えば、我々プレイヤーが窮地に陥った時、「フェニックスの尾」を使おうとしたのに誤って「金の針」を選択してしまったりする状況に近かろう。或いは彼女は、「フェニックスの尾」や「エリクサー」を普通に一個以上所持している状況にあってすら、誤って「ハイポーション」や「エーテル」といったアイテムを手にしてしまっていたのかもしれない。
さて、引き続いて残るバッツとレナについても考えたいのだが、この二人に関しても、先のファリスと同様な「焦り」があったと考えれば、ある程度の疑問は払拭出来るのではなかろうか。
特にバッツに関して言えば彼があの時焦りに焦っていた事は自明と言える。何しろ彼は「ケアルガ」を唱えようとしていたのだから。最早わざわざ反復するまでもない事と思うが、「戦闘不能状態の者には効果を成さないケアルガ」を、である。誰よりも先駆けてこれを唱えようとしている点からすると、ファリスとは違って彼には「戦闘不能状態を解除してから回復させる」という考えがあった可能性すら皆無であり、ガラフが瀕している状況を正確に把握出来ていなかった事実を顕著に見て取れる。
そしてレナもまたそうであった事は少し踏み込んで考えれば推測出来る事だろう。咄嗟に「レイズ」を唱えた、その選択自体は他の二人に対して的確であり、一見冷静さを事欠いてはいない様にも思えるのだが、しかし彼女は白魔道士のジョブでなく、かつ「白魔法」のアビリティをセットしていない状況であっても「レイズ」を唱えようとする。MP残量が0であっても「レイズ」を唱えようとする。これら行為に鑑みればやはり彼女も、一瞥する限りバッツやファリス程取り乱していない様に見えて、結局は瀕死のガラフを前にし、一時的に状況判断能力を失っていたと言えるのだ。もしかしたら「レイズ」を唱えようとしたにも拘らずその行為によってMPが消費されていなかったのは魔法がガラフに効かなかったからではなく、単にジョブやアビリティの関係で白魔法を唱えられる状態になかったからというお粗末なものだったのかもしれない。勿論これらの事柄は、そのままバッツの混迷振りを指し示すものであるとも言える。
即ち、本題である「何故『ケアルガ』や『レイズ』を覚えていなくとも唱えようとするのか」という疑問には次の答えが示される事になろう。バッツ、そしてレナは極度の混乱が災いし、ファリスと同じくとにかくガラフを回復させなければという事しか考えられなくなった。結果二人は、瞬間的に頭の中で閃いた回復の為の手段を、いの一番に実行したのだ。その魔法を修得済みであるかどうか、そして自分が今白魔法を唱えられる状態にあるかどうか、それら情報を整理するよりも先に。
以上が、今回提起した謎に対する私見である。
ただ、
ただ、これだけでは何か不十分ではないか。これだけではまだ疑問点が残ってはいまいか。
残っているのだ。「何故バッツは『ケアルガ』という魔法の存在を知っていたのか」
この時、「レイズ」を詠唱しようとしたレナの事はさして問題にはならない。何故ならば「レイズ」という魔法は、元々レナの生きる世界に存在する魔法だからだ。タイクーンからは遠く離れた地の魔法屋でしか扱われていないものであるとは言え、しかしそれはゲーム中で言う所の第一世界では割と普遍的な魔法だからだ。更に言えば、あれだけの規模のしかも城であるなら恐らくそこには宮廷魔道士の様な人間もいた筈であり、その様な人間達の中に「レイズ」を修得していた者がいたとしても不思議ではない。その観点からしても、未修得状態にも拘らずレナが「レイズ」という魔法の存在を知っていた所で、それは疑問にも何にもならないのである。「極度の焦りから修得の是非に関係無く『レイズ』を唱えようとする」という先の考え方からすれば、もしかすると「ならば何故、より回復能力の高い『アレイズ』ではなく『レイズ』を唱えたのか」という疑問の声も或いは挙がるのかもしれないが、しかし「アレイズ」という魔法が第一世界の魔法屋では扱われていない、それ即ち「アレイズ」を修得している人間が第一世界には恐らく存在していない事や、人間のみならずモンスターでさえ第一世界に存在する者の中ではそのごく一部しか同魔法を使わない点、これらを考慮すればあの場面まででレナが「アレイズ」という魔法の存在を知る機会は殆どなかったと考えられるのであり、それ故彼女が「アレイズ」を唱えようとしなかったのは、むしろ成り行きとしては自然だと言えるのだ。
だがしかしバッツは違うのである。彼は「第一世界では何処の魔法屋でも売られていないケアルガ」をあのシーンで瞬間的に頭に思い浮かべ、そして唱えようとしたのだ。改めて問う。何故バッツは「ケアルガ」という魔法の存在を知っていたのだろう。
購入しなかっただけで、ムーアの村の魔法屋で見ていたから、その名前だけでも記憶していたのか? だがそうだとするとムーアの村の魔法屋に立ち寄りもしなかった場合の説明にはならない。
世界を旅するバッツの事だ、その道中で、「ケアルガ」を唱えるモンスターとでも出会っていたのか? いや違う、第一世界に「ケアルガ」を使用するモンスターは存在しない。
ではゲーム開始後、第二世界でならそういったモンスターと遭遇していた可能性はあるのでは? 否、遭遇していた可能性はあるかもしれないが、それは同時に遭遇していない可能性もあるという事に他ならない。遭遇した場合はともかくとしても、そうでない場合にすら彼は「ケアルガ」を唱えようとするのだから、この線も消える事となる。
「ケアルガ」を直接知る事が出来なかったのなら、ファイア系やブリザド系等の魔法が「〜ラ」→「〜ガ」と名を変える毎に強力化するという魔法名称の法則性を分析、理解した上で、「『ケアルガ』というケアル系最上位の魔法も存在する筈だ」と踏んでいた可能性はないか? いや、「〜筈だ」程度の認識を持っていた魔法が、あの局面で咄嗟に思い浮かぶなんて事があり得るだろうか。この場合「ケアルガ」という魔法は、バッツの中においては結局存在するかしないか不確かなものに過ぎないのであり、だったら彼は確実に存在する事を認識している中で最強の「ケアルラ」を唱えようとした筈である。
では、何故。先に述べた様に、「ゲーム中で出会う可能性がある」とする考え方はそのまま「出会わない可能性もある」事をも示す事になる為、必然バッツはゲーム開始の段階において既に「ケアルガ」の存在を知っていたという事になる。
ゲーム開始以前。それ即ちバッツの生い立ち、出身、経歴…これらの事を考えた時、この謎を解く上で極めて重要となろうある一人の男が浮かび上がってくる。三年前まで、バッツと共に世界を旅していた者――バッツの実の父親であり、「暁の四戦士」の一人、ドルガン・クラウザーその人である。
バッツの父でありながら、しかし暁の戦士でもあったドルガンの故郷は、ゲーム中で言う第二世界のルゴルの村である。ここで、第二世界に白魔法「ケアルガ」が存在するという事は自明なのだから、特にエクスデスと渡り合う程の次元にいるドルガンならば、彼自身がそれを修得していたかどうかは不明であれ、少なくともその存在を知っていた事は間違いないと考えていいだろう。バッツは、他の誰か見知らぬ人間や、ましてやモンスター等ではなく、最も近しい存在を通して回復魔法の最高峰、「ケアルガ」を知ったのだ。そしてあの時、あの瞬間、もしかするといつしか頭の片隅に追いやられていたのかもしれない記憶は、掛け替えのない盟友の危機を前に強く呼び起こされる事となったのである。
ドルガンがバッツに対し、自分が暁の四戦士である事を始め第二世界での事に関係する様な話をほぼしていなかったであろう中で、どの様な経緯があって「ケアルガ」という魔法の存在をバッツが知ったのか、その委細こそ分からない。しかしガラフが死に瀕するあの場面で咄嗟にそれが思い浮かんだ程だ。彼が「ケアルガ」を認識するのに、何か普通ではない突発的な事件が、そう、それは白魔法「ケアルガ」が最強の回復魔法であるという事を知るにはあまりに十分な事件が背景にあった事は想像に難くない。
ここから先は全くの憶測であるが、もし、バッツのまだ幼い頃、予期せぬ強敵との遭遇で彼が大きな痛手を負ってしまった時、父がすかさず「ケアルガ」でその傷を癒してくれた、そんな一幕があったなら。
ドルガン、貴方の最愛の息子は、その惜しみない愛情を確かに感じ取っていたよ、と――
私はそう、伝えたい。
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