セリスのオペラ出演。それは正に急遽も急遽、突然も突然、予定外中の予定外の出来事だった筈だ。来場している客を満足させるレベルの公演でなければ飛空艇乗艇作戦自体が失敗してしまう局面だった中で、十分に練習する時間すらも与えられないまま本番に臨んだ「素人の」セリスは、仕方が無いがまず失敗してしまうだろうとの公算が大きかった筈だ。見知らぬ素人を主役に抜擢したダンチョーも「失敗に終わってもしょうがない」位の覚悟はあっただろう。
ところが、ステージ上に足を踏み入れたセリスの佇まいといったらどうだ。堂々たる立ち回り、澄み渡る歌声。公演自体はオルトロスの乱入により本来あるべき姿からは逸脱してしまったが、ことセリスの一挙手一投足に目を向けるならば、そこにはおよそ素人とは思えない「女優」セリスの姿が見て取れたのである。
繰り返すがセリスは紛う方無き「素人」だ。本番を迎えるその日まで、自分がオペラの主役を演じようとはゆめゆめ思っていなかった筈の「素人」だ。
なのに、何故彼女はこうもレベルの高い演技をこなせたのだろうか。
私は、オペラに関する知識が豊富にある訳ではない。が、それが顔だけで成り立っている訳ではない事は、つまりいくらセリスがマリアに似ていようが、それだけでオペラの主演が満足に務まる筈等ない事は分かっている。
それ以外で私が知っている事と言えば「歌劇」である事位だろうか。そう、オペラは歌劇である。つまり、およそ生半可な気持ちで作品を作り上げようとしていない以上、オペラには「演劇力」の他に「歌唱力」も必要なのであり、明らかに一朝一夕にはいかないものな訳だ。
オペラに限らず、世の中に存在するあらゆる行為は、本人の必死の努力により得た能力であるものと、元々その人に備わっている才能であるものとに大別される事がある。ただそうとは言っても、また特に天才と呼ばれる人を見ても、その才能の大半は反復される練習等の過程で開花するものであり、やはりそれまでの人生において接触が無かったにも拘らず初見で天才と言わしめる程の実力を披露出来る人は少ないだろう。
ゲーム中でのセリスの活躍振りは、流石に天才と呼ぶには至らなかったかもしれない。しかし、前述した通り彼女はおよそ初心者とは思えない振る舞いを披露しており、となれば、セリスは過去に何らかの、オペラ演劇の糧になるであろう経験をしていると思われるのだ。
そこで、セリスが過去にそういった事を経験した可能性があるかどうかを検証してみよう。
まず初めにセリスは、世界三大陸の内、当時南の大陸を武力制圧し、着々と他大陸にも勢力を伸ばしつつあるガストラ帝国の将軍という幹部級の役職に就いている。また、ゲームで初登場してからしばらくの彼女の言動、素振りからは中々想像出来ないかもしれないが、彼女は18歳である。18歳で幹部職というのは普通ではまず考えられない事だが、それに関しては、彼女が帝国の魔導研究の第一人者であるシド博士に人工的に魔導の力を注入され、人間でありながら魔法を使う事が出来るというのが理由であり、そこに疑問点は無い。
重要なのは、彼女が普段から魔法を使用出来る事の背景には、幼い頃から徹底した魔法教育を受けた事にある、という点だ。帝国の戦士として「常勝将軍」と呼ばれるに至る程の実力を得た点や、彼女を18歳に見せないその性格、そして何よりガストラ帝国という国家そのものの性格からして、その「戦士」に仕立て上げる育成プログラムはことのほか厳しいものだったと推測出来る。
しかし一方で、セリスに対する魔法教育を主に担当していたのはシドだ。その点を考えると、幼い頃から面倒を見ていた事で彼女を実の娘の様にも思っているシドの事であるから、恐らくは毎日の様に厳しい教育を受けていたセリスの身を案じ、息抜きに当たる事を定期的に彼女にさせていたのではないだろうか。そして、もしかしたらその息抜きこそが歌であったり演劇であったりして、結果十数年後のオペラ主演にそれが反映されていたのかもしれないと考える事は十分に出来るのだ。
そしてその説は、セリス自身の言動によって裏付けされる事となる。歌や演劇を、厳しい教育から離れられる遊びの一つとして与えられたセリスは、それらを「娯楽」として認識する様になったと考えられるのだが、その事がセリスの行動や発言から見て取る事が出来るのである。
まず一つには、実際のオペライベントにおいて、シナリオ上ごく最近まで非常に強気で勝ち気だったセリスが、性格を一変させたかの様にオペラ出演に乗り気になっている事。これはやはり、毎日が心身ともに辛かったであろう日々の中、いつか体験したあの楽しい想い出をふと思い出した時に、その心中の興奮を抑えられなかった事がそうさせたという事は容易に考えられるだろう。
そしてもう一つ、決定的な発言がある。オペラ公演中、セリスが一人舞台に立ち、アリアを歌い上げるシーンで、歌詞を間違ってしまった際のセリフがそれだ。
「なんか違うな? え?ゴメンちゃーい」
この発言こそ、セリスが歌、乃至は演劇というものを、「表現」という真剣勝負の場としてではなく、単なる娯楽、お遊びとして接している事を如実に表しているものと言えよう。
この際舞台の成否についてはおいておいてもいいかもしれない。しかしこの公演は、自分達が帝国へ乗り込めるか否かという重大な節目でもあった筈だ。その中でのこの、あまりにも無責任と言わざるを得ない発言。一見これは「ふざけるな」と言いたくなるものである。しかし実はその背景には、幼少期の彼女の辛い体験があったのだ。
貴方は、18歳にして「常勝将軍」へと上り詰めた彼女の苦労を本当に知っているだろうか。そうでないなら、貴方はこの発言に対し不用意に突っ込むべきではないだろう。
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