「伝説のパイロット」と呼ばれる男がいる。男の名はシド。齢32とまだ若いが、その卓越した操縦技術から世界中のパイロットに慕われ、「伝説」として語り継がれている男である。
「ハイウインド」と名付けられた飛空艇がある。かの有名なパイロット、「シド・ハイウインド」からその名を貰った、神羅の高速飛空艇である。
そして、そんな飛空艇ハイウインドに、延いては伝説のパイロット、シドに憧れ、飛空艇の操縦士となった男がいる。名は定かではないが、シドにも引けをとらないのではと思わされるその操縦技術で、星を救う旅の確かな一助となった男である。
しかし、彼は何も最初から一人前のパイロットだった訳ではなかった。伝説のパイロットであるシドを近くに見、その他多くの仲間と共に旅する中で徐々に経験を積み、その果てに立派なパイロットへと成長したのだ。
今回は、そんな彼が一人前のパイロットにまで成長する過程で起きた、ある不思議な現象について話をしよう。

先に述べた通り、件のパイロットはシナリオの進行に応じてパイロットとしての経験を積み、そして成長していく。その様子は彼に話しかけた時に表示されるLVの値で確認出来、それを見る事で、ティファとの初対面時においてLV3だった彼が着実にレベルアップしていった経緯が分かるだろう。
また彼の成長は、彼自身の振る舞いを見る事でも十分に感じ取る事が出来る。初めて出会った頃は何かと焦っているばかりで満足な会話すらおぼつかなかったのに、少しずつ余裕が垣間見える様になっていくのだ。
では、そんな中で起こった「不思議な現象」とは一体何だっただろう。話し掛けた時の彼の受け答えによってクラウドの返答の仕方まで変わってしまう点だろうか。いや、それも確かに不思議ではあるが、それは単にクラウドがショップでアイテムを買うか何かする際「よろしいですか?」と言われたら思わず「はい、よろしいです」と答えてしまう類の人間だったから起こった事に過ぎない。今回取り上げるのはそんな事ではなく、飛空艇ハイウインドの操縦士、彼自身に起こった現象である。
それは物語も終盤、暴走した宝条を止めるべくミッドガル上空へ向かう途中、その飛空艇内で起きた。
何やら操縦士の様子がおかしい。と言っても別に突然「……フィロス」と呟いたり「クックックッ…黒マテリア」と自我が崩壊したり「ティファさん、ごめんなさい」と妙に気持ち悪くなったりする訳ではないのだが、



やはり明らかにおかしい。それまでと比べてやけに態度が大きく、また発せられる言葉がいちいち7色の輝きをたたえている様に見える。そう、彼はこの時リミットブレイクしていたのである。
ここが謎だ。そもそもリミットブレイクとは、「エラバレシモノ」にしかその状態になれないというFF9のトランスとは違って、基本的に誰でも可能とし得るものであり、実際に機械や人形ですらリミットブレイクしている事からその点に問題はない。しかし、彼は如何にしてリミットゲージを溜めたというのだろうか。
瞬間的に絶大なる力を発揮するリミットブレイクは使用者の意図するタイミングで無条件に発動出来るものではない。他者からの攻撃を受け、その都度少しずつ溜まっていくリミットゲージが蓄積され切った時に初めて放出を可能とする力なのだ。世界中を旅しているとは言え、一応は安全な飛空艇の中でバトルに身を置く可能性等万に一つもない状況下にいて、何故彼は突然リミットブレイクしたのか、してしまったのか。この奇妙な現象を考えたい。

飛空艇内でバトルの機会が無い事は確かだが、一方でリミットブレイクしたというのも揺るぎない事実だ。ならば、彼は飛空艇ハイウインドの操縦士となってからリミットブレイクの時を迎えるまでの間に、少なからず他者からのダメージを喰らっていたという事になる。
実際、それは全く考えられない話ではない。特に一行の旅に同行し始めた頃の彼と言えば焦って騒ぐ姿ばかりが目に付いたであろう訳で、それにイライラした誰かが彼に手を上げた可能性は考えられるのだ。無論、それによって被るダメージが命に関わる程のものでなかった事は明らかだが、ダメージ量におけるリミットゲージの増加量はその者の最大HPとの割合に依存する為、戦いにおいては素人、即ち最大HPの極めて低い彼ならば、そんな微弱な攻撃によってでもリミットブレイクに至り得るだろう。繰り返し、何度も何度も反復するのなら。
では、彼は一体誰から、ともすれば苛めとも思える仕打ちを受けていたというのだろう。これを考えた時、ある一人の男の名前が浮上する。世界中の飛空艇パイロットが敬愛して止まない、シド・ハイウインドその人である。
ここでシドの名が挙がったのは、確かに彼が少々荒っぽい人間であるという事もあるが、勿論それだけが理由ではない。彼は何の理由も無く一人の操縦士を殴り付ける様な人間のなっていない男ではないのだ。この謎を考えるに当たっては、まず飛空艇ハイウインドを神羅の手から奪取し、自分たちのものとした当時のシドの心情を考えたい。
飛空艇。シドにとってその存在は、かつて飛び回った大空の記憶と共にある。決して切り離す事の出来ないものとして強く胸に刻まれている。己が手でその操縦桿を握り締め、果てなく広がる大空を制覇した掛け替えの無い友。シドが、飛空艇という一枚の翼に寄せる想いの大きさ、感慨深さは容易に察する事が出来よう。
しかし、今の彼はこれを操縦する事は出来ない。今、彼はそれよりも大事な事――星を救う旅を成し遂げなければならないからだ。だから彼は、ハイウインド奪取の折、旅の再開を前にしてティファにこう言った。

ネエちゃん、すまねえがオレ様はコイツに着陸の仕方をしこまなくちゃなんねえんだ

そう、自分の夢の結晶たる飛空艇の操縦を、一人の男に委ねたのである。その男に彼が注いだ期待、それが並々ならぬものだった事は言うまでもないだろう。そして、そうだからこそ彼は、時にその男に対して厳しく当たってしまうのである。思わず手を上げてしまう事があるのである。暴力ではない、苛め等である筈がない、情熱を帯びた愛の鞭を、時として振るわずにはいられなくなるのだ。

恐らく、シエラに対してのものに何処か似た感情をそのパイロットに抱いているシドは、勿論「お前に期待してるからこうして辛く当たるんだ」等という優しく、気恥ずかしい言葉を口にはしない。
しかし、言葉にはしなくとも、パイロットの彼にその想いは十分伝わっていただろう。と思いきや、そうという訳ではない様だ。どうやら彼は、自分に対するシドの行為を直接「暴力」と受け取っていた様である。
その事は、シドの行いによって彼のリミットゲージが増えていたという事実そのものが物語っている。ここで確認しておきたいが、リミットゲージというものは原則として「敵からのダメージ」によってのみ増加するものなのだ。味方の誰かや、或いは自分自身によっての攻撃では、それがどんなに威力の高いものであろうがリミットゲージは微動だにしないのである。
これが示すのは、彼がシドの事を味方だと思ってはいなかったという、それは衝撃的な事実だ。しかしそれは、もしかすると致し方のない事だったのかもしれない。確かに自分は色々と至らない部分がある。しかし、だからと言って何故自分だけがこんな仕打ちを受けるのだろうか。自分の他にもヘマをやらかす奴はいるじゃないか。なのに何故――
悲しいかな、期待するが故に振るった、決して酷く大きかった訳でもない力は、まるで違ったものとして彼の心に届いてしまったのだ。「期待」という想いのみが捨て去られ、元々存在していなかった「悪意」を創造するという最悪の形で。そうして、自分勝手とも言える状態で生み出された「悪意」が、彼のリミットゲージを増加させていたのである。

しかし、実はこの考えだけだと疑問が残る。実際の所、パイロットの彼の操縦技術は中々のものがあり、それは彼の見習いパイロットとしてのLVが低かった頃についても言える事である。口からついて出るのが焦りの言葉だけであっても、操縦に関しては一通りこなせているのだ。その彼に対し、シドが何度も愛の鞭を振るったとは考え難いのである。
と、ここで考えた。何も、彼がリミットブレイクに至るまでのリミットゲージ蓄積全てがシドによってもたらされたものだと限る必要はないだろうと。これまでで爆発寸前にまで溜まっていたゲージが、シドの一押しによってリミットブレイクしたというケースもあり得る事だろうと。
そう考えてみた時、飛空艇クルーの一人からある興味深い話が聞ける。

ボクたちハイウインドのクルーは毎日毎日ハイデッカーにコキ使われていました
あの人、社長にしかられるとすぐにクルーにやつあたりするんです
ボクたちは、ず〜っとガマンしてました。なぐられてもなぐられても
あこがれのハイウインドのクルーになれたのにそんなことでやめるのは悔しいですからね

これはそのクルーがティファと初対面した時、「ボクたちの反乱の話」として聞かせてくれた話の一部である。この話を聞けば、最早他に説明する事はないのではないか。彼等クルー達は神羅という組織の下で働く日々の中、常日頃からハイデッカーの八つ当たりに遭っていたのだ。件のパイロットも度重なる暴力の中で、少しずつ、しかし次第にリミットゲージを蓄積させていたのだろう。ハイデッカーの振るう力はシドのそれとは違い、生み出したその時から既に「悪意」が込められているものである為、それら暴力がリミットゲージに影響を与えていたのは確実である。そうして溜められたリミットゲージを、最後にリミットブレイクに追いやったのがシドの、いや、シドのと言うよりは彼自身の一押しだったという訳だ。


かつての上司、そしてそれのみならず伝説に聞くパイロットすら「敵」とする一人の男。その彼が直面した現実の何と厳しい事か。かつてその巧みな操縦技術で大空を飛び回ったパイロット、シドに憧れて飛空艇ハイウインドのクルーになった彼は、個人的な鬱憤を晴らす人間のなっていない上司の理不尽な暴力に耐える事を強制され、やっとその辛い日々から脱却したと思ったら今度はあろう事か憧れの人から同じ様な目に遭わされる事になったのだ。
その現実は彼にとってこの上なく辛いものであった事だろう。しかし、ことハイデッカーの下を離れてからの事に限って言うのなら、それは誰が悪かったという訳ではない。シドに非があった訳でないのは勿論、彼にだって非は無かった。ただ、彼がシドの想いを正しく汲み取れなかっただけ。そうして生まれた意識のズレが、彼の怒りを爆発させたのである。
その後平静さを取り戻した彼は、その時名実共に一人前のパイロットへと成長を遂げた。そんな、シドに肉薄する程の技術を持つ彼なら、今はまだ少し早いかもしれないが、それでもいつかシドの想いに気付いてくれるだろう。
そしてその時、彼は伝説のパイロットシドに、あらゆる意味で勝るとも劣らない人間へと成長するのだ。


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