とある夏休みの1日。とあるキャンプ場に、とある家族が訪れました。
昨日は川釣りを楽しみ、カレーを作り、子供達もすっかり大満足。一家仲良く1つのテントで眠りについたのでした。
そして翌朝。清々しい夏の日差しが降り注ぐ中、楽しいキャンプももうすぐ終わりの時間。
子供達は名残惜しそう。でも仕方ありません。渋々と帰り支度を始めます。

父「それじゃあ帰ろうか」

兄「あれ、テントは片付けないの?」

母「何言ってるのこの子は。テントはここに置いていくわよ」

妹「えー、どうしてー?」

父「はっはっは、テントは使い捨てる物だから、持って帰っても仕方ないんだよ」


とある貴族階級と思しき家族の会話である。
恐らく、これは「そう信じたい」という希望であるが、こんなふざけた家族はこの世界に1世帯あるかないかだろう。だが驚くなかれ。この広い宇宙には、こんなふざけた行為を日常的にしかも平然と行う世界が存在するのだ。そう、言わずと知れたFINAL FANTASYの世界である。
テント。販売価格は国や地域によって異なるが、FF4での100ギルを除けば250〜1000ギルと決して安くはない1品。にもかかわらずこの世界には、野営地にそのまま捨て置くことは無いにしても、同じテントを2回以上使用する冒険者がただの1人もいない。仮にも貴族の出なら、百歩譲って納得もできようが、常日頃から新天地での装備品調達に喘いでいる平民でさえこの贅沢極まりない所業なのである。一般人には到底理解できない思考回路。いくら彼らが世界を救ってくれる救世主なのだとしても、正直引く。そしてしみじみと思うのだ。FF世界に生きる人はどうして皆こうも非常識なのだろう。もう金輪際、FFのキャラクター達に感情移入したりはできそうにないな。
しかし一方ではこうも思うのである。どんな武器や防具だって、買い換えようとしない限りいつまででも同じ物を使っていられるほど物持ちの良い彼らが、何故テントにだけはそんなに辛く当たるのだろう。もしかすると、進んで使い捨てているのではなく、そうせざるを得ない、つまり「2回以上使い回せない何らかの事情」がテントにはあるのではないだろうか。否、「あるのでは」でなく、あるに違いない。さもなければ、彼らがその労りの心や正義の意志をクリスタルに見初められ、戦士として選ばれることなどありはしないだろうからだ。
そこで今回は、「FF世界の冒険者がテントを使い捨てなければならない理由」について考える。

まずは、現実世界のテントとFF世界のテントとの間に存在する差を吟味し、これを糸口としたい。
両者の大きな違いとしては、何をおいてもまず携帯可能な数が挙げられる。片や、そもそもそんなに大量に持ち歩く要件が生じること自体ないがせいぜい10か20セット、片や1人でも最大99セット。この差は言わずもがな大きい。これに加え、仮にFF世界のアイテム類が「初めは何らかの仕組みにより大量携行を可能にしているが一旦使用の為に取り出したら二度と元通りには収納できない」性質を持ち合わせているとしたら、一度広げてしまったテントをその場に放置して旅を再開せざるを得ないのも道理と言えるだろうか。しかしながら、これは無い。そもそも普通なら抱え切れるはずのない量のものを持ち運びできるのはテントに限った話ではなくアイテム全般について言える性質であり、また「一度使用したアイテムを再び収納することができない」とする仮説は、戦闘中の武器の持ち替えによって否定されるからだ。
現実のテントとFFのテントの違いということなら、使用者にもたらされる効能も無視できない。キャンプ経験が無く現実のテントで寝た経験も無い人間の意見ではあるが、テントとは本来、簡易住居と言うよりも雨風を凌ぐための一時退避施設に過ぎず、良質の睡眠を得られる作りになっているとは言えず、むしろ寝れば寝るほど疲労を溜める空間のはずである。なのに、FFのテントで一夜を過ごした者達は皆、翌朝には晴れやかな表情でテントから出て来る。この「白魔法的回復効果」こそFFテント特有の力なのではないか。仮にそうだとしたら、一見普通のキャンプ用具に見えるテントもその実きちんとした魔法の力が込められて出荷販売されているということであり、その恩恵に授かれるのが1回きりなのも至極当然の話となりそうだ。が、この主張も当を得ているとは言い切れない。ただ体力を回復させるだけならそんな不思議な力など一切必要としないことを、ティンバーホテルのハズレ部屋を引いた上パーティー内の貧乏くじをも引き仕方なくベッド代わりのベンチに寝ることとなったにもかかわらず翌朝元気に目覚めたFF8メンバー――便宜上ここではゼルとする――が証明しているからだ。ゼルに限らず彼らは多分、どこでだってどんなだって、寝られさえすればその日の疲れを取ることができる頑丈な身体の持ち主なのだろう。事実、現実の世の中では枕が変わるだけで眠れなくなる種の人もいるが、FFの登場人物達はどんなに環境を変えようが寝る時は常にぐっすり寝るし、例えば敵のアジトで捕虜に取られているような状況ですら、寝ることさえできれば朝には体力全快元気一杯になっているのだ。勿論、この事実は「テントに体力回復の魔法がかかっている」仮説を否定し切るものではないが、肯定し切ることもできなくなった以上、これをもって結論とは言えそうにない。

ところで、ベンチで寝ていても怪我は治り病気も治す超人ゼルを見ていて、ある疑問が浮かんだ。そんな都合の良い身体をしているのだったら、初めからテント自体が不要なのではないのだろうか。平原だろうと山中だろうと、砂漠のど真ん中だろうと関係無い。何ならダンジョンの途中でだっていい。今日はここで休もうと決めたら、その場に横になってさっさと寝てしまえばそれでいいのではないのだろうか。雨に降られたら一溜まりもないが、特定の地域以外では滅多と雨模様にならないのがFF世界の特徴であるからそこはあまり問題にはなりそうにない。でも彼らはそうしない。女性陣の中には「野宿なんてまっぴらゴメンよ」と言い張って聞かない者もいるかとは思うが、そんなこと全く意に介さなそうな面々であっても決してテント無しに野宿を決め込んだりはしない。普段の状態ならともかく、仲間が皆戦闘不能、自分のMPは尽きた、アイテムも無い、次の街はまだ遠い、もう後1回でも魔物に遭遇したら全滅しかねない、などという追い詰められた状況下にあってもである。寝れば助かるのに、しかし頑としてそうしようとしないということは、野晒しで寝る行為には何らかの重大な問題があって、テントにはその問題を解決し野営を可能にさせる何らかの力が備わっていると考えるべきなのだろう。
では、野晒しで寝てはいけない理由とは何か。これについては、実際にそうする状況を想像してみることで自ずと答えが導き出される。ああ、かくかくしかじかでもう全滅寸前だ。仕方ない、テントも無いが今日はここで野宿としよう。一眠りすれば皆また元気に起きて来るだろうから、明日はまた問題無く旅を続けられるな。じゃあ火を熾して、よし、お休みなさい。それにしても今日は星が綺麗だなあ。あ、流れ星だ。楽して一生食うに困らず楽して一生食うに困らず楽して…ああ消えちゃった。やっぱり願い事はもっとシンプルに、金金金、これだな。あーあ、そんなことより卵ふわふわのメイプルシロップのパンケーキ食べたい…ぐう。スヤスヤ。スヤスヤ。ゴロゴロ。スヤ、ゴロゴロ。ゴロ、スヤスヤ。ゴロ、
そして彼が目覚めることは二度と無かった。魔物に寝込みを襲われ、その尊い一生の幕を下ろしたのだ。このような悲劇が起こってしまったのは他でもない、彼がフィールド上で不用意に動き回ったからであった。ただじっと寝ていれば、歩かない限り魔物と出くわさないというこの世の理に護られてきっと彼も次の日の出を拝むことができただろう。しかし彼は動いてしまった。いつものように眠りながら己の体勢を変えてしまったのだ。そう、寝返りである。
睡眠中、人は平均して20〜30回の寝返りを打つと言われている。これは、寝ている間にも適度な運動を行うことで疲労の解消を促す一種の生理現象である。当然、睡眠による疲労解消にかけてはプロ中のプロと言えるFFの登場人物達も皆、例外無く寝返りを打っているだろう。つまりこれこそが、野外で何の対策も無しに寝たりしてはいけない理由なのだ。フィールド上での移動には必ずや魔物と邂逅する危険が付いて回るのであり、即ち寝返りと死とは常に隣り合わせにあるということなのだ。先の例では、元より死に瀕していた1人の戦士の顛末を挙げたが、このような困窮した状況でなくとも「寝首を掻かれる」とはそれだけでパーティーを全滅に追いやりかねないほど恐ろしいものである。想像してみられたい。殺意満々敵意剥き出しの魔物の攻撃を少なくとも1度、完全無防備状態で貰ってしまうことの恐さを。或いは一服毒でも盛られれば、目を覚ますことすらなく死んでいくことの怖さを。この危険性を知っていたら、間違っても満天の星空の下、一眠りしようなどとは思えないだろう。
以上から、次の結論に至った。かかる問題を解決するためにテントが担う真の役割とは、「フィールド上で寝返りを打てる安全な空間の提供」である。ただしこれは、寝返りを打つ様を魔物に見られないようにするための「単なる壁」「単なる庇」を意味するものではない。外から覗かれないようにしさえすれば悪漢の夜襲を避けられると言うのならテントにすがらずとも段ボールなどで代用が効くことになるが、勿論そうはいかないのである。何故なら、どんな密室部屋にいようと歩き続ける限り無尽蔵に湧いて出て来る魔物共は、ただの布や紙で仕切られた空間の内側くらいになら平然と現れられるであろうからだ。げに恐ろしきは、魔物の繁殖能力よ。ゴキブリすら遠く及ばないその生命力の前には、たかが人間の生活の知恵など無力に等しいのである。そこで、話は「テントには何らかの魔法的効果が備わっているのではないか」という所に立ち戻る。即ちこうだ。テントの秘めたる力とは「白魔法的回復能力」ではなく「聖水的トヘロス的結界効果」なのではないか。
「結界のようなものを張っている」と簡単に言ってくれるが、そもそも謎の多い魔物発生現象を抑制制御するなんてことが果たして本当にできるのか、そんなことが技術的に可能なのか、と考える人もいるだろう。ずばり言う。これは可能である。太古の昔から、人類はこの技術と共に進化してきたと言っても過言ではない。そう、周囲の目から隠れている訳でなく人が自由に動き回ってもいるのに魔物の存在とは無縁であり続けるテントにさも似た空間のことを、我々はよく知っているのだ。きっとあなたも立ち入ったことがあるであろうその空間を、人々は「街」と呼ぶ。
街とテントには共通点が多い。ちょっと知恵のある魔物にならその内部に人間がいると容易に察せられてしまうだろうにもかかわらず普段は襲撃のターゲットにならない。内部ではセーブができない(テントについては、過去テント内でのセーブに成功した冒険者が恐らく存在しないことからの推測)。共に人間が作り出したもの。1点目、2点目は周辺のフィールドとの間に何らかの隔たりがあることを示し、また3点目は人間のこなせる範疇内でこのような空間が作り出せ得ることを示すものだ。また3点目については、「何も無い荒野に街を作って魔物がいなくなったのではなく、もともと魔物が棲息していなかった地域に街を作っただけなのでは」との意見もあるかと思うが、これは反論たり得ない。FF8の道路に明らかだが、世界には「偶然魔物がいなかったにしてはあまりに人間にとって都合の良過ぎる非魔物発生区域」が幾らでも存在するからだ。
まとめよう。これらの事実から次のことが言える。「テントは世界最小規模の街である」

さて、ここで1つお詫びをしなければならない。ここから更に「テント内結界説」「テント≒街説」の根拠を連ねるにはどうしても「魔物発生のメカニズム」「街中が安全な理由」の詳細を追及する必要が生じるが、今の私はこの謎に対する有効な回答を持っていないのだ。「集落の形成」「人間の生命エネルギー」が魔物を寄せ付けない「領域」を組成しているのかなどと考えるが、それこそFF8の道路のように、その考えに当て嵌らない例がごまんとあり、一朝一夕に解を得られそうにはない。致し方ない。心残りではあるが、この大いなる謎の解明は後の若き妄想者に託すとして、今回私はテントと街の関係性を示すに留め、最後に、テント並びに街の作る「魔物排除結界」が永続した効果を持つものではないと推測される根拠を1つ提示して本論の締め括りとしたい。
人間によって築き上げられる街ではあるが、そうした集落は一度形を成してしまえば未来永劫安全であり続ける訳ではない。カシュオーン城、ゾゾ、ザナルカンド、或いは少々規模を違えるが神羅屋敷など、かつては平和だったはずがある時期を境に魔物蔓延る無法地帯と化してしまった地域は枚挙に暇がない。これらの地域が平和でなくなった理由はそれぞれだが、全てに共通して言えるのは、街として、または都市として、家屋として、そこを管理する人間の消失に起因して街たる機能を失ってしまったのではないかということだ。決して想像の域を出ないが、集落の形成、更に言えば文明の確立こそ魔物発生を抑える条件の1つだと仮定するなら、街並みや住居を保守保全する人がいなくなり風化を始めてしまうことこそ、魔物発生のプロセスの第一歩なのではないか。つまり、人の手の入らない非魔物発生区域は、時間と共にその特性を失うのではないか。即ち、効能がかなり限定化されている(だからこそ一般人にも購入可能な価格帯になっている)のであろうテントは、1夜限りの活躍でその必要機能を失うのではないか。私はそう考えるのだ。

以上が、テントを使い捨てる冒険者達の真実である。これを読んだあなたは、もう決して彼らのことを非常識人だと非難したりできないだろう。だがもし、それでもなお頑なに真実を受け入れようとしないなら。
いつかあなたもFFの世界に迷い込むことがあるかもしれない。そこで冒険の旅へ出る運びになるかもしれない。そこで勿体無いから節約だからとテントを2日以上使い回したあなたに、3日目の朝はきっとやって来ない。


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