それはガノンの塔の最上階で起こった。あり得なかった筈の事象。起こり得なかった筈の奇跡。これまで何度となく冒険の助力になってくれたあの鳥がそこに羽ばたいた時、それまでの常識は覆されたのだ。
本当ならやって来る筈のなかったあの鳥は、何故あの場面に限って姿を現したのか? 何故あの一回に限ってリンクの呼び掛けに答えたのか? いよいよこの謎を解き明かす時がやって来た。

驚くべきは二つあった。まず一つは勿論、あの場が闇の世界だったにも拘らず平然と鳥が飛んで来た点だ。そしてもう一つは、建物内であったにも拘らず鳥が飛んで来た点。ただ後者は前者のあまりのインパクト故に霞みがちではあるが。
あの鳥が、この二つもの壁を如何にして乗り越えたのか。それを考えるに当たり、まず始めにこの事を述べておかなければならない。
「あの時現れた鳥は、いつもオカリナを吹いたらやって来た鳥ではない」
そうなのだ。恐らく、当該場面を目の当たりにした人の殆どはあの鳥の事を、その登場の理由に関し小さくない疑問を抱いていたにしろ、光の世界でオカリナを吹くとやって来る鳥と同一の存在だと思い込んでいたのではないか。しかし、それは違う。ガノンの塔に出没した鳥は一般に言われている鳥とは明らかに違う存在である。そして、その事を証明するのは極めて簡単な事なのだ。

思い出してほしい。闇の世界に紛れ込んだ者達はその姿が、自分の心を映した姿となるという事を。そして、闇の世界に踏み入っても自身の姿を留めておきたいとあらば、「ムーンパール」を所持する事によってのみそれは叶えられるという事を。
この事は、人間は勿論の事、普く魔物達にも例外無く襲い掛かる。即ち、件の鳥についても。そうなのだ。 「ムーンパール」を所持していない限り、闇の世界において光の世界での姿を保つ事が出来ないのであれば、いつもリンクを別所へ運んでくれる鳥は、少なくともそのままの姿で闇の世界に現れる事は出来ないのである。
いや、闇の世界において表出する姿が「自分の心を映した姿」であるとすれば、万が一にもあの鳥の外見と心の中が完全に一致していたが為に、闇の世界においても姿が全く変わらなかったという見方もあるかもしれない。勿論その可能性は否定出来ないだろう。しかし、事の真相がそれだけだったとすると、「闇の世界だったにも拘らず平然と鳥が飛んで来た点」こそ解決しても「建物内であったにも拘らず鳥が飛んで来た点」については満足する答えを得られないのだ。これでは不十分である。

ここで改めて言おう。いつもリンクの助けとなってくれる鳥は、そのままの姿で闇の世界に現れられない。即ち返して言えば、あの時姿を現した一見いつもと変わらない鳥は、「鳥ではない何者か」なのだ。あの鳥が光の世界に身を置いた時には、鳥でない何者かの姿になるという事なのである。

そこで次にこれを考える。「ガノンの塔に現れた鳥は何者だったのか」
一見考えようのない問題に見えるが、あの鳥があの場面でのみ、一回きりしか現れなかった事をヒントにすると、こう考えられはしないだろうか。
鳥が現れたのは、ガノンの塔最上階でアグニムを倒した直後の事である。かつ、アグニムを倒すまでは如何なる手段を講じても鳥が姿を見せる事はない。
これからすると、鳥が現れるか否か、その双方の状況においてアグニム以外の要素に変化が認められない為、アグニムの存在が何やら重要なポイントとなってきそうだ。
この事を皮切りに、私はこの問題に対しこう結論付ける事とした。「あの鳥はアグニムそのものであった」と。
無論、いきなりこう言ってしまっては、あまりに突拍子もなさ過ぎて誰一人として納得する者はいないだろう。しかし、私がこの結論に至るまでにはそれなりに過程があった。そこでそれについて述べよう。

まず、先に「闇の世界では自分の外見が、自身の心を映した姿になる為、いつも光の世界でお世話になっている鳥があのままの姿で闇の世界に現れられる筈はない」と述べた。それは事実だ。闇の世界の誰を見ても、また誰の話を聞いてもそれが正しいという事を示している。
しかし、この事実によって糾弾されなければならないのは何も例の鳥に限った事ではない。今回この謎を考えるに当たり重要なポジションにいる事が今しがた明らかとなったアグニムも、光の世界と闇の世界とで共通の姿をしているからだ。
例え、闇の世界にいつもの姿で鳥が現れた事に対し「あれは実は鳥ではない」と言えたとしても、闇の世界にやはりいつもの姿で現れたアグニムに対し「あれは実はアグニムではない」と言うのは流石に強引というものか。誰あろう本人が「もう1度お会いできてわたくしとてもうれしゅうございます」と言っているので、これはどちらも間違いなくアグニム本人であると考えるのが妥当だろう。
だとすれば、目の前に繰り広げられたそれはどういう事か。眼前にいるアグニムは、確かに光の世界で見たあいつの姿と一片の違いもないのだが。
この事を説明するに当たり、今一度闇の世界での外見の変化についておさらいしてみる事とした。
闇の世界における自身の姿は、己が心の内を投影したものとなる。この内で最も重要な要素なのは「心の内」であろう。そこでその部分に焦点を絞って考えてみると、一つの疑問が浮かんできた。
心の内が投影された姿になるという事だが、だとするなら、心を持たないものの場合はどうなるのだろうか。
ここでは「物質」を挙げてそれを考えてみる。話は簡単だ。リンクが持っているブーメランは、爆弾は、弓矢は、ビンは、ルピーは、闇の世界へ持ち込む事でどうなるか。そう、姿を変える事はない。つまり、本来なら外見に投影されるべき「心」を持たないものは、光の世界そのままの姿で闇の世界に存在すると言える事になる。

だとすれば、先の疑問に一つの光明が見えてくるだろう。何故アグニムは光の世界での姿そのままで闇の世界に存在していたのか。それ即ち「アグニムが心を持っていなかった」からなのだ、と。
当然ながら、リンクがガノンの塔最上階に辿り着いた時に「もう一度会えて嬉しく思う」旨の発言をしているアグニムが心を持っていなかったと言い切るのに無理がある事は分かっている。しかし実はこれ、本当にそうであったと憶測出来る状況証拠があるのだ。
ここでは、ガノンの塔最上階でのアグニム戦を終えた直後、アグニムの身体からガノンが現れた点がポイントとなる。視覚的にアグニムの中にガノンがいたという事が認識出来る訳だが、ではそれは一体何を示していたのだろう。
この疑問を解く鍵は、何とゲーム序盤、リンクがハイラル城にゼルダ姫を救出に行き無事に姫の下へ辿り着いた時の姫のセリフにあった。
この時ゼルダ姫はこう言っている。「城の兵達は司祭の魔力によって操られている」と。つまり、城の兵達の呪縛を解く為には、司祭アグニムを倒す必要があると言っている訳だ。そしてその本懐は、ガノンの塔最上階においてようやく遂げられる事となる。
しかしどうだ。アグニムを倒した所で光の世界に戻ってみても、城の兵達の様子が変わっている事等ない。いつもの様に、リンクを見付けては戦いを仕掛けてくる。つまり呪縛が解かれていないのだ。一体何故か。それは、兵達に呪縛をかけた張本人がアグニムではなかったからに他ならない。となればその張本人とは、ガノン・ドロフその人という事になるのである。
つまり、光の世界で兵達に呪縛をかけ、七賢者の血を引く者達を次々と闇の世界に送っていたアグニムだが、実はこれは最初からガノンに操られ、駒としてその様に動かされていただけだったのだ。自身が光の世界と闇の世界とを自由に行き来出来なかった以上、強力な魔力を有しており、七賢者の血を引く者共を闇の世界へ送る事を可能とするアグニムの存在は彼にとって好都合だったのだろう。
こうしてガノンに目を付けられてから、アグニムはガノンに操られる事により、一切の自由を許されない状況に陥る事となった。この「ガノンに操られている状況」こそ、もしかしたら「アグニムが心を持っていなかった」理由なのではないだろうか。即ち、ガノンに操られている事で言わば「生ける人形」の様な状態だったアグニムに、その時自我は無かった、という事だ。それ故、しっかりと意思がある様に見えて、その実それはガノンのものであり、アグニム本人の意識は強く抑え付けられたが為に表出しなかったのだろう。

ここまでで、ゲーム中ではあまりにも表立って描かれる事のなかったアグニムに関する背景が浮き彫りとなった。それを踏まえた上で、もう一度ガノンの塔でのシーンを考えてみよう。
リンクがアグニムを倒した後、ガノンはアグニムの身体から抜け出した。と言ってもこれは恐らく「呪縛が解けた」程度の事を表していると思われ、何もガノンの本体そのものが抜け出た訳ではないだろう。何故ならば、もしもアグニムの中にガノンの本体がいたとして、あの時飛び出したガノンがその本体だったとすれば、ガノンはアグニムと共に光の世界に足を踏み入れていた事になり、光の世界と闇の世界とを自由に行き来出来ないという事実と相反する事となるからだ。
さて、どの程度の期間に及んだのかは分からないものの、アグニムにかけられていた呪縛はこの瞬間、解かれる事となった。その間、常に自我を抑えられ、何一つの自由も許される事のなかったアグニム。その彼が、この瞬間感じた事は何だっただろう。もしかしてそれは、長き呪縛から開放された事の自由だったのではないだろうか。
実際には、呪縛が解けたにも拘らず姿がそのままでいるとゲーム内で確認出来る事から、恐らくアグニムはこの時点で死んでしまったものと考えられる。しかし、突如として爆発的に自由で満ちたその心は、彼が元々持っていた強力な魔力も相乗してか、その時奇跡を起こすのだ。
まず彼は、いや、今召されつつあった彼の魂は、己の心を反映したものとして、そこに姿を現した。人の間ではしばしば「自由の象徴」として扱われる事のある「鳥」として。
ガノンが逃げる様にして塔を去った後、いつも光の世界で助けになっている鳥に似たそれを目にしたリンクは、咄嗟にオカリナを吹いた。あいつを―ガノンを追いかけるんだ!!
オカリナの音と、リンクの姿に気付いたアグニムはその時思う。奴を、あの憎きガノンを倒す事が出来るのは、リンク、お前だけだ。そして彼は、この世界に残されたただ一人の戦士を、自身の願いと共にピラミッドへ送り届けるのである。

これが事の全貌だ。
前述の通り、アグニムはリンクに倒され、ガノンの呪縛が解けた時点で肉体的には死んでしまっている。だからこそ、この鳥は一度限りしか姿を見せる事がなかったのだ。
その彼が、最後にリンクに託した願い。貴方はその想いに、何としてでも報いなければならないだろう。


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