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17/03/11(土) 第1101回 つまり僕が言いたいのは

僕が言いたいのは、今僕は「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」をやりたい、という事なのだ。この所、国内外問わず話題に上っているのを度々見かける内にいよいよNintendo Switchごと欲しくなってきてしまった。
お前ミーハーだなあ。そんな呆れの声が聞こえてくるようだ。確かに、今まで3Dゼルダには見向きもしてこなかった僕が、話題性一つで惹かれた形なのだから、そこに「にわか」的「ブランド物好き」的な響きを聞き分けるのも無理からぬことと思う。
それでも、僕はこれを強く否定したい。断じて僕はミーハーではない。そう断じて、
FINAL FANTASYが大好き過ぎて情熱のあまりこんなサイトを作っているのだとしても僕は、
DRAGON QUESTを1からほとんどリアルタイムでプレイしてきたほど熱中した少年であったとしても僕は、
24 -TWENTY FOUR-やプリズンブレイクを入り口にして海外ドラマに嵌り込んだ過去を持っているとしても僕は、
進撃の巨人の加速度的に増していく勢いを見て10巻あたりから買いはじめ今や最も続刊を楽しみにしているとしても僕は、
魔法少女まどか☆マギカの社会現象級の評判を聞き見たくて見たくて我慢ならなくなり遂に萌えアニメデビューを果たしたのだとしても僕は、
ただ世間で人気なものにだけ喜んで飛び付く単純な人間ではない。

僕が言いたいのは、人の興味って何て不思議なんだろう、という事なのだ。似たような音楽ゲームアニメでも、あっちは何十万枚売れてこっちは千枚も売れなかったり。似たようなバンド歌手アイドルでも、あっちは武道館が埋まってこっちはライブハウスも埋まらなかったり。僕自身、ある物事に執心する一方で似たような別物にはまるで惹かれなかったり。だから多数の人が惹きつけられていたり、普段そのジャンルとは無縁だった人の関心までも引いていたりする様子を見ると、つい気になってしまう。この作品が人々の心を動かした要因とは何か? この人が持っている他と一線を画す要素とは何か? どんな内容で、どんな構造を持って、どんな宣伝戦略を経る事が、それを社会現象にまでさせ、特別な存在にまで押し上げるのか?
そうつらつら考えていると、人気の秘密を紐解くべく、だんだん自分も触れたくなってきてしまう。最近話題だから自分も乗っかっとこ、ではなく、あくまで心理学的興味深さから、その波に飛び込んでしまう。それによって、好評の理由が分かって僕自身も嵌ったり、好評の理由は分かったけど僕には合わなかったり、好評の理由は分からなかったけどどうしてか感動したり、はたまた何から何までよく分からなかったり、結果は様々だが、とにかく体験してみなければ分析もできないのだから、まずは流れに身を任せてしまう。それが傍目には「いつも流行に乗っているだけの自我が無い人」と捉えられがちなのだけれど、実際そこにあるのは日和見的な心の移ろいではなく、もっとアカデミックな観点から生まれる純粋な疑問で、よってこの行為行動を恥じる必要なんて無くて、ああもう、

つまり僕が言いたいのは、今僕は「けものフレンズ」を見たい、という事なのだ。



16/05/10(火) 第1100回 良識Loss

今日からちょうど1年前、32歳になったばかりの私に、どうして想像できただろうか。32歳にもなって生まれて初めて、朝も早よからアニメのライブイベントの物販列に並び、16,500円分のグッズを買い、それらを手にライブ会場へ乗り込んで、サイリウムをぶんぶん振り回しながら声優の一挙一動に盛り上がり、あまつさえちょっと涙しかけるだなどと、どうして想像できただろうか。
去る3月20日、昨年放送のアニメ「ゆるゆり さん☆ハイ!」のライブイベントが開催され、それに参加してきた。イベントに参加するまでの経緯はくだくだしいので書かないし、作品並びに演者に対する思い入れは恥ずかしいので書かないが、非常に盛り上がる内容の、素晴らしいイベントであった。どれくらい素晴らしかったかと言うと、2年半前くらいにゆるゆりを知って以降、2度はあったライブイベント参加の機会をふいにしたことが悔やまれるようになったのは元より、不覚にもわずか2曲目で涙腺が刺激されたのもさることながら、今後ある七森中☆ごらく部絡みのライブ・イベント類には全部行こうと思わせるくらいの素晴らしさであった。
ある人は言うだろう。いい歳した大人のすることではないと。何て情けない人間だろうと。そんなことしてて恥ずかしくないのと。私は矜持を持って答えるだろう。その通りですと。情けないですと。恥ずかしいですと。1年前とは言わない、たった半年前まで、私自身、「そっち側」の人間になるとは思っていなかったし、「そっち側」の人間だけはなるまいと思って生きてきたのだ。ゲーム、漫画、アニメの類が、「日常生活での口外を控えるべき趣味嗜好」だという考えも今もって変わらないし、だから私はちゃんと、このことは、現実の私を知っている人に対して公表してはいけないものだという自覚を持っているのだ。
しかし私は。しかし私は、アイドルに熱を上げて、それでも一応控え目に跳んだり跳ねたり騒いだりしている自分を客観的に見ながら、そこに今まで味わったことのない充実感を覚えていた。30代、40代、50代のくたびれている人たちが、ひょんなことから全力でのめり込めるものを見付け、それに没頭し、心から楽しい生活に興じる様を「遅れてきた青春」などと形容するが、好きな芸能人にうつつを抜かしてCD/DVD/Blu-rayの発売日を心待ちにし、2ヶ月先のライブイベントの為に週明けの有給休暇を申請しイベント日程最優先の勤務計画・休日計画を練り、待ちに待ったライブ当日にやはり生まれて初めてのオールスタンディング会場で足を棒にしながら無類の幸福感に包まれることが「青春」に足る十分条件の1つだとするなら、闇の多い10代を送って来た私にはこれが、間違いなく「初めての青春」だと言えるだろう。
とにかく私は、今とても楽しい。差し当たっては、次の週末にラジオCD発売記念イベントのため大阪へ行く予定になっているが、ごらく部に会いに行けると思えばこれしきの遠征も苦ではない。今年は7連休だったGWに、徒歩1分のコンビニへ1度しか出かけなかったほど出不精の私がこうまで変わるのだから、これはかなりなことだとお分かりいただけると思う。そんな恥ずかしい私が、今もっとも不安に思っているのは、このあいだ結成5周年を迎えたごらく部が、近い将来解散してしまうのではないかと懸念されることだ。そもそも深夜アニメ発のユニットが5年も続いている今が既に異例の状態であり、そこに5周年という節目、アニメ3期完走という折目が重なると、どうしてもそれを意識してしまうのだ。こう見えて30年余生きてきた人間である。どんなに私ひとりが切望しようと、終わるときはあっさり終わるのだということは頭では分かっているが、いざ本当にごらく部解散の一報を知ったとき、はたまた実際に解散を見届けたときには、極度の喪失感に襲われることだろう。しばらくは何をする気も起きず、何事も楽しく思えず、ただ「何故もっと早くに知っていなかったのか」を悔やむばかりの陰鬱とした日々に見舞われるのだ。そう、「ペットLoss」ならぬ「ごらくLoss」に。

ごらくLoss…
ごらくロス…
ゴラクロス…
あ、そう言えば、

ゴラグロス君、今年も誕生日おめでとう。



15/12/19(土) 第1099回 僕の手の中の消しゴム

資源、財産、機会、良縁、人生。現実におけるあらゆる物事が有限であると痛感するたび、無駄のなき世界のあらまほしき事よ、と思うが、悲しいかなこの世の中は様々な無駄に溢れているものだ。
日常のそこかしこに転がる無駄の数々。箱物行政、歳末公共事業、北海道新幹線と、例を挙げれば枚挙に暇がないが、中でも極め付きの無駄となると、それは消しゴムの存在にとどめを刺す。
消しゴムの無駄さは凄まじい。これだけ文化文明が発達すると生活の上で頻繁に用いる品は大抵において洗練された機能美が備わる方向へ進化するはずだが、しかしながら消しゴムは、現代科学の粋を結集して作られたとは信じられないほど無駄の多い道具なのである。
だって考えてもみられたい。

文字を書くだろ。間違えるだろ。消しゴムでそれを消すだろ。

そしたら消しカスの方にまとまり切らなかったほんの少しの鉛筆の炭素分が消しゴムの方に付着するだろ。それをそのままにしとくと次回使用時の消字率が下がっちゃうからノートの白い所で消しゴムを擦って消しゴム白くするだろ。

そしたら消しカスの方にまとまり切らなかった炭素がノートに付着するだろ。ノートが汚れてると気になるから消しゴムでそれを消すだろ。

消しゴムが黒くなるからまた白くするだろ。

ノートが黒くなるからまた消しゴムで消すだろ。

消しゴム黒くなるから白くする。

ノート黒くなるから白くする。

消しゴム白くする。

ノート白くする。

消しゴム白く。

ノート白く。

消しゴム。

ノート。

ゴム。

紙。



ご覧なさい。今朝買ったばかりの消しゴムをもう使い切ってしまった。
このことから分かるように、1個の消しゴムで消すことができるのはどう頑張ってみても1文字がせいぜいだ。必然、いたずらにかさんでいく消しゴム代。消しゴム代によって圧迫される家計。娯楽は高嶺の花と化し、食費は切り詰められ、弱者は泥水を啜って生きることを強いられる。これは堪ったものではないと無駄のなき消しゴムの登場を願おうとて、消しゴムを売っている会社自身は今ある無駄満載の消しゴムのお陰で潤っているのだからわざわざ自分達の食い扶持を減らすような新商品を発売する訳がない。かと言って我々一般市民にはそんな革命的新技術を確立する知識も無ければ費用も無いのだから結局は無駄多き消しゴムのお世話になり続けざるを得ない。ある人は言うだろう。「消しゴムが無駄なら修正ペンを使えばいいのに」 だがその人でさえ、いつか子を授かり、子が小学校に入学してからは、その学び舎が掲げる「修正ペンの使用を禁ずる」という謎校則によって、少なからず子が義務教育を修めるまでの9年間は消しゴムの無駄の被害者となるのであった。
渦巻く文房具業界の利権。願わくは、この腐った既得権益の打破を志す、若き芽の芽生えんことを。



15/10/24(土) 第1098回 家なき皇

「大阪へ行って下さい」
東京勤務の私の身に大阪出張の命が下ったのが6月末頃のことである。目下参画中のシステム開発プロジェクトは元々6月リリースの予定だった所、進捗が遅れに遅れて一旦その予定をひと月ずらしたものの結局7月リリースすら怪しくなり、しかしながらこれ以上延期を重ねると冗談でなく会社が潰れるので、最後の手段として関係者を全員一ヶ所に集めて情報伝達並びに諸作業の効率化を図りリリースまでの1ヶ月を乗り切ろうということらしい。
現在その会社へ出向している身分の私としては、何やら面倒事に巻き込まれてしまったという思いがちょっとはありつつ、しかし出向先会社営業→自社営業→自社上司→自分というルートで話が伝わって来ればそれはもはや普通の業務命令となる訳で、今日もニコニコ会社の為に尽くしますが信条の一サラリーマンとしては、笑顔一番「喜んで」と堪えるもとへ答える他に道は無いのであった。
とまあ、こう言うといかにも嫌々行かされたかのように聞こえてしまうが、実のところ、出立時点ではそんなに言うほど悪い気はしていなかった。それというのも今回、出張先での寝泊りはマンスリーマンション、ウィークリーマンションの類でなく、ホテル泊とすることになったからだ。連日ホテル泊。つまり言い換えればホテル暮らし。何と贅沢な響きだろう。誰しも人生で一度は夢見たことがあるはずの羽目を外した振舞いを、会社のお金でやっていいというのだ。そうは言ってもビジネスホテルレベルではあるけれど、日中ちょっと外出しているだけで帰宅時には掃除が済みベッドが直されいわゆるアメニティグッズの類が一新されているだなんて、ぐうたらな一人暮らしにはお伽の国の出来事にも等しい。自宅でない分、特に趣味的な活動に関してこの出張のあいだ大幅な制限がかかるのは避けられないが、それでもなお、この疑似貴族生活を前に心躍る自分がいたのは確かであった。
そして満を持して大阪入り。いざ貴族生活を始めた私を、まずはこれでもかと言うほどの仕事の山がお出迎え。それもそうだ。会社存続の危機だからと関東中部近畿を横断し大阪まで駆け付けたのだ。何はなくともこいつらを片付けなければ優雅な暮らしは勝ち得ない。それからと言うもの、私は来る日も来る日も仕事と格闘し続けた。この時は誇張でも何でもなく、始業9時、終業23時を基本に、更に日によって残業をこなすという日々が続いた。それも1日の休み無く3週間続いた。多忙アピールというのは、あまり褒められた行為ではないなあと自覚はしつつ、しかし21連勤だの、40時間労働だのという象徴的な記録は今でもつい口に出したくなってしまう。お目汚し失礼。ともかく出張初日からそのような状況だったので、夜ホテルに帰っても食事入浴睡眠起床洗顔を済ませて出勤するだけで、そこに在りし日の私が思い描いたアリストクラシーな暮らしは微塵とも存在しなかったのであった。
21連勤を終えると、いつの間にやら7月も下旬。プロジェクトメンバー全員の我武者羅な頑張りが実を結び、何とかリリースの日を迎えられる運びになると、今度は本番稼働後一定期間限定の特別監視体制が組まれることとなった。本システムは深夜帯に主要業務を行うので、万一の障害発生に備え、開発メンバーは待機要員として夜シフトに就くという訳だ。そしてこれが、今回の出張における最大の試練となる。
大方の予想通り様々なトラブルを起こし倒した本番稼働初日を乗り切り、昨晩9時〜翌10時までのシフト勤務を終えてホテルに帰り付いた私ははたと思い出した。今日ってホテル移動日だ。何しろこのとき世間は海の日に始まる夏休みシーズンで、しかも今回は出張自体が急な話だった事情もあり、とてもじゃないが同一ホテルの連泊予約を取り切ることはできなかったのだ。ただいま朝の10時過ぎ。チェックアウトは11時。次のホテルのチェックインは15時。わたしいま夜しふと終えたばかり。さすがにちょっとこのままホテルを放り出されるのは厳しいから、追加料金はかかるがチェックアウト時間を延ばしてもらおうかな。「大変申し訳ありませんが本日はチェックアウト時間の延長をお受けできかねます」
1時間後、私はおぼつかない足取りで大阪の町を歩いていた。ただでさえ疲れているのに、かてて加えて真夏の真っ昼間にスーツ姿で外にいるのだ。そりゃ頭も朦朧としてくる。結構真面目に命の危険を感じたので、夜食に当たる昼食、はたまた喫茶店をはしごするなどして時間を潰す。だが体感的には深夜0時、1時、2時辺りの時間帯を、一時的とは言え宿なしの状態でいる訳で、そうしていると何と言うか、貴族の貴の字はどこへやら、浮浪者の佇まいであるかのように思えてくる。こういう時に、せっかくだから大阪観光している気分でそこらを歩いてみようと思えないのは、根っからの引き籠り体質が故か。
疲労やら眠気やらでボロボロになってきた所で、ようやっと15時。早く寝ないと。今夜も21時から仕事なんだから。そうして足早にホテルに駆け込むと、

自分「すみません、予約している○○ですが」

フロント「○○様ですね。お待ち下さい」

自分「(ガラケーポチポチ)」

フロント「…お客様」

自分「はい」

フロント「本日、○○様というお名前でご予約されている方はいらっしゃらないようですが」

自分「」


その日私は家なき子となった。
続かない。



15/05/10(日) 第1097回 気を取り直してこんばんは

いつの間にやら今年も誕生日を迎えた。
そう言えば去年はGoogleトップページのロゴが誕生日仕様になってたっけ、と思い出し覗いてみると、今日は母の日仕様であった。なるほど、全ユーザ共通の特殊ロゴがある場合はそちらが優先されるのか。じゃあ、元日生まれの人なんかは生涯Googleロゴの祝福メッセージを見る機会が無いということなのか。それはどうなんだろう、と思ったが、誕生日ロゴの方が優先されて新年ロゴが見られなくなるのももやもやするのでまあいいのだろう。
さて、今年も目立って書くことは無いけれど、多忙さにかまけて更新が滞り気味でもあるので、昨年同様著者近況を箇条書きで書いていく。

32歳になった。

社会人8年目突入。やっていることは相変わらず。最近はシェルスクリプトが面白い。

しばらく「シアトリズムFFCC」「シアトリズムDQ」に嵌り込んでいたが、全究極曲、全激ムズ曲のSSSランク取得を達成して熱が落ち着いてきた感じ。次ゲームの予定で確定しているのは7月の「大逆転裁判」で少し間があるが、今の忙しさを考えるとこの2ヶ月間で別の1本に手を出すのは無理そうか。

FF13もお忘れなく。はい。

「Breaking Bad: シーズン2」と「24: シーズン9」を視聴中。久し振りの海外ドラマはやはり面白い。加えて、DVD同梱のCMやらその他諸々の媒体からの情報で「HOSTAGES」「HELIX」「KILLING」も気になっている。一旦離れていた「NUMBERS」も廉価版BOXが出てたし、いよいよまた海外ドラマ熱が再燃しそうな予感。

インターネットラジオを聞き始めて1年と少々、現在の定期聴取は週11時間ほどと週13時間ペースだった半年前と比べて一見やや落ち着いたように見えるが、実際は多忙さを理由に聴取を断念している番組が週5時間分くらいあるのでむしろ程度が増してしまっている。日常生活における自由時間が足りぬ。通勤中に聞くとかいうことを考え始めた方がいいのかな。

最近はCoCo壱番屋によく行く。

知覚過敏かもしれない。

R藤本が面白い。

今もっとも続きを楽しみにしているマンガは「進撃の巨人」

部屋の大掃除を敢行して3ヶ月。あれからまた色々と本、CD、DVD等々を買い漁り結局どんどんと空きスペースを圧迫していく。どうすればこのループから解放されるんだ。

最寄駅⇔自宅の最短ルート上から少し離れた所にクリーニング店があったのだが、最近になって最寄駅⇔自宅の最短ルート上かつ自宅からより近い場所に新規のクリーニング店が開店し、我が家の暮らし易さが1段階上がった。こんなこともあるんだなあ。

俺的事典bot公開中。bot開設時に300語くらいあったストックは今日現在で188語に。2300語ちょいを1週するのが先か、更新ペースに追い付かれるのが先か。

先日、8年半振りに「妄想」を更新した。久し振りに書いてみて、自分の考えを文章にまとめる能力が著しく減退していることを思い知らされた。何しろあの6000文字弱の文章をまとめるのにたっぷり3週間もかけてしまったのだった。土日の部分的な時間しか使ってないとは言え、これは酷い。当サイトのドメイン名「fatalbrain」は元々、当サイトで言う所の「妄想」を英訳してドメイン的に収まりの良いようにしたものだったのだが、今となってはただの「致命的な脳」になってしまったようだ。

という訳で、今年もよろしくどうぞ。
グラコロ。



15/03/07(土) 第1096回 注文の無い料理店

「阿吽」

突然、その文字は私の視界に入ってきた。飲食店の看板らしい。
「阿吽」 一体それは何なのだろうと私は考えた。「藤森」とあるなら私は「ああ、この店の主人は藤森さんという人なんだなあ」と思っただろうし、「寿司庵」とあるなら「なるほど、寿司屋か」と思っただろう。はたまた「寿司藤森庵」とあれば「ほほう、藤森さんという人がやっている寿司屋なのか」と。
だがしかし、その看板にあったのは主人の名前でも専門分野でもなかった。「阿吽」 ご丁寧に振り仮名まで振ってあった。「あうん」 言い換えれば「以心伝心」或いは「つうと言えばかあ」 何というシンクロナイズ。この店の主人は、一体どういう思いを込めてこの言葉を看板に掲げたのであろうか。
「阿吽」 その言葉を杓子定規に受け取るならば、その店は何かと通じ合っているのだろう。ではここでいう「何か」とは何だろう。「阿吽」が食事処と思われる以上やはりここでは、その客たる我々のことを言っていると考えていいだろう。
「阿吽」という言葉の性質上この両者はこれから行おうとしている物事において、お互いの心情を一致させていることを無視してはならない。つまり「阿吽」に入店したあなたがこれから行うことと、あなたを出迎える店主がこれから行うことが、これ以上なく絶妙に噛み合うのである。
では、飲食店の客が入店後にする行為とは、飲食店の店主が接客時にまずする行為とは、何か。これを「料理の受発注」即ち「注文」と結論するのに時間は要しまい。

ここまでの話を総合するとこうだ。
「今日は何を食べようか」→「ラーメンかカレーライスかスパゲティかハンバーグか…これっていう気分じゃなくて迷うな、取り敢えず店に入ってから決めよう」→「いらっしゃいませ、ご注文は?」→「うーん、結局まだ決まらない…何かお勧めは?」→「本日はこちらの森の茸のクリームパスタがお勧めになっております」→「じゃあそれで」→「お待たせ致しました。こちら本日のお勧め、森の茸のクリームパスタになります」→「うん、うまい。でもあれだなあ、今日はガッツリ食べたかったから、肉ものにすれば良かったなあ」
これが、「注文」に関して客と店主の心が通い合う訳だからこうなる。
「今日は何を食べようか」→「取り敢えず『阿吽』に行こう」→「いらっしゃいませ、こちら本日のお勧め、森の茸のデミグラスソースハンバーグになります」→「うん、うまい!」
恐るべき接客。ここの店主は、あなたが何を食べたいか知っていることは元より、あなたがこの時間に来店することをも見越して予めハンバーグを調理しているのだ。否、あなたばかりではない。その後も店主は、あっちの客にはラーメンを、こっちの客にはカレーライスを、やはり来店と同時に提供し続けていく。そして誰もが、傍目には店から強引に押し付けられているようにしか見えない料理を、しかし満足げに頬張る。店主の選択に文句のある人間なんて誰一人いないからである。
もっとも、これだけなら店主の超越した先見性が成せる技でしかないかもしれない。だが「阿吽」の「阿吽」たる真髄はここからだ。例えばあなたがある日「阿吽」を訪れ、いつものように間髪入れず親子丼が出され、にもかかわらずそれを制して、食べたくも何ともない酢豚を注文してみたとしよう。すると店主はこう言うであろう。「大変申し訳ありませんが、食材が揃っておりませんので酢豚はご提供できません」 これは既に親子丼を作り、それを無駄にさせまいとする店側の都合からくる言葉ではない。本当に材料が無いのだ。何故なら、「阿吽」を訪れるあなたはその時きっと、「阿吽」に今ある食材の中で出来得る料理の中の何かが最も食べたくなっているはずで、あなたを出迎える店主はきっと、その気持ちを汲み取って予め調理を行うはずで、これこそが店主とあなたの「阿吽の呼吸」だからである。そう、「阿吽」は客の最も食べたい料理が即座に提供され、更に客自身も自然と店の食材事情に即した料理が食べたくなる結果、日々の廃棄食材が極めて少なく抑えられるという奇跡の料理店だったのである。

大通りから少し入った路地にある一見小ぢんまりとした外観でありながら、その実態は地球上の全ての人と心通じ合う摩訶不思議な飲食店「阿吽」
興味ありだな。今度、寄ってみるか。



15/02/21(土) 第1095回 Excelを極める

仕事柄Excelをよく使う。
本来の表計算ソフトとして活用することもあるが、それよりも、あまり褒められた手段でないと知ってはいつつ、セルを方眼紙様にしてドキュメント作成に利用することの方がよっぽど多い。つまり、



こうである。
Wordの章立てやら見出し番号の扱い方はいつまで経っても覚えられないのに、「Excelの行(または列)コピー時の、端っこの罫線が余分にくっ付いて来たり逆に消えちゃったりするのを回避するための罫線の引き方」などという小手先の技術ばかりを身に付け、時にはドキュメント書きのためのExcelマクロを組んだりさえもし、そんな本末転倒な仕事振りに一抹の悲しさを覚えたりもするけれど、「文書作成ソフトとしてのExcel」というのは未だに根強い需要のある分野であるから、まあ別にいいのだ。
それはそうと、



Excelのこういう画面を前にしていると、ついつい手がこういうことをしてしまう時がある。



Ctrlキーを押しながらマウスを操作すると複数セルを選択することができ、選択中のセルには色が付くので、さながら線を引いたり、文字を書いたりというようなことができるのだ。
荒いドット絵みたいなものなので滑らかな曲線を書くのには向かないが、逆に角ばっている文字なら綺麗に表現できる。



デジタル数字である。何のことはないように思えるが、一度でも選択範囲を誤って線がはみ出してしまったりしたら一からやり直しになるので、これで案外満足感があったりする。
だが、これぞ方眼紙Excelの真骨頂と言うべきこの無駄のない美しき線分は、しかしまだ序の口なのであった。Excelの持つある性質を利用すると、より無駄なくこのデジタル数字を表現することが可能になるのである。
あなたは、Excelの選択セルに「境界」という属性が存在しているのをご存じだろうか。



例えば上記は、同じ3×3マスのセルを選択したものだが、見ての通り、ドラッグによって連続的に選択されなかったセルとセルとの境界部分は、未選択扱いになっているのだ。そしてこのことを利用すれば、先のデジタル数字は次のように書くことができる。



どうだろう、このコンパクトさ。この完成度。たった2×3マスで、しかしきちんと数字になっているではないか。底知れぬExcelの奥深さ。この仕様を初めて知った時、私は深い感銘を受けた。そして思ったのである。セル選択で文字を書くのって面白い。それも限界まで小さく、かつ無理なく、でも綺麗に書き表せられると、何とも言えず気持ちが良い。
それからと言うもの、私はExcelのセル選択機能で色々な文字を書いてみるのだった。



アルファベットを2×3マスで表すのはさすがに難しい。Kで断念したが、そもそもDとOの区別が付けられそうになかった。



口、田、巨。
2×2、3×3、4×4の全範囲を選択しながら境界未選択によって文字を形作っているのが美しい。現在5×5の文字は無いかと思案中。



部分部分は強引でも、こうしてまとめると自然に読ませられるという高等テクニックも。

そしてある日のこと。私は次に「正」の字を書こうと思い当たった。
書き始める前に漠然と、縦横何マスで表現できるかなと考えてみる。全体的に整ってる字だから、3×3で行けそうだな。



ああ、そうか、これだと4画目、5画目の繋がりが不自然になるのか。5画目ははみ出てないと。



右もはみ出させないとバランスが取れないな。



あれ、1画目も揃えないといけないか。



んん?



んんん?



ということで、何と「正」の字は最低7×7マスないとバランス良く書くことができないのであった。あれだけ整然とした文字なのに、これは意外だった。4画目の位置取りがミソだったんだな。あ、ほら、見て下さいよ。「正」の字って均整の取れてる字なんで3マス四方もあれば十分書けそうに思いますよね。でも実はほら、7マスも必要なんですよ。意外ですよね、部長。

部長「君クビね」

Microsoft Excelマスター。
その道のりはかくも険しい。



15/02/15(日) 第1094回 究極召喚

陛下、僭越ながら進言いたしたく。
隣国軍の侵攻は日を追うごとに勢いを増しております。
その勢力の拡大は留まる所を知らず、今や大陸全土にまで及ぶほど。
大陸南西部の集落は既に敵軍の手に落ち、ここが攻め入られるのも時間の問題と言われる中、
遂に、姫様が敵軍によって誘拐されるという痛ましい事件が起きてしまいました。
我が軍の精鋭を募った姫様の捜索隊も全滅し、戦況は悪化の一途。
もはやこの国には戦争を続ける体力が残されておりません。
陛下、他に道はありません。何卒、究極召喚行使のご決断を。

王「しかし…

陛下、お言葉ですが、戦況は既に公正さ、卑怯さに頭を悩ませていられる段階にありません。
確かに、究極召喚によって我が軍の勝利が確約され、後は果報を寝て待っていれば良くなる事に負い目を感じる陛下のお心意気には感服いたします。
しかし、姫様を誘拐するなどという卑劣な行為に手を染めた蛮族に、これ以上慈悲の心を傾けてやる事はありません。
何より、姫様の命にも関わるのです。何卒、何卒ご決断を。

王「……分かった。考えを改めよう。究極召喚の準備を

ご嘉納に預かり、恐悦至極に存じます。

王「では…
王「ゆうていみやおうきむこうほりいゆうじとりやまあきらぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺーっ!

…………

王「おお もょもと! ゆうしゃロトの ちをひくものよ! そなたのくるのをまっておったぞ―――



15/02/08(日) 第1093回 神のみぞ知る

私が神教に鼻持ちならない思いを抱くのは、一部の神父が、まるで自分自身を神と言うかのような態度で人々に接するからである。多くの人に敬われ、多くの人に慕われ、多くの人の懺悔を聞く内に己の職分をも忘れ去ってしまうのだろうか、或いは日々、人々へ許しを与える職務が本当に自分を位の高い存在と思い込ませるのだろうか、滑稽な話だが、ただの人間が同じ人間に対して尊大に振る舞う光景を、一部の神父は我々に見せるのである。
言うまでもなく、神父とは単なる神の言葉の取り次ぎ人であるに過ぎない。だがこんな当たり前の主張も、彼らには愚かな人の子の哀れな喚きとしてしか耳に入らないのだろう。仕方がない、ここはきちんと分からせるために、神父もただの人であることを反論の余地なく証明してみせるしかない。

冒険者は教会へ行き神父にお祈りをすることでその日の冒険を記録する。この行いによって、その後一行に万一のことがあっても冒険者はお祈りをした日時から冒険をやり直すことができる。神父の職務はこの他に解毒、解呪、死者の蘇生などあり、しかしこれらは僧侶職に就いている者ならば鍛錬次第で誰にだってできる珍しくもない能力であって、またお告げを説くのも、王様職に就いているものならば鍛錬次第で誰にだってできる珍しくもない能力であるが、「冒険者の祈りを聞いて冒険の内容を記録する施し」に限っては他のどんな呪文や特技にも替えられない業であり、これこそはまさに神の思し召しなのだ。
と、ここまで聞くと、やはり神父は偉大な存在だったんだと思える。でもそれは大きなミステイク。あくまで偉大なのは神父自身ではない。その証拠に、あなたも教会でこんな経験をしたことがあるのではないだろうか。

祭壇の上に 冒険の書がひろげておいてある。
冒険の書に 記録しますか?
→はい
 いいえ

お分かりだろう。神父が不在なのは元より、この場面において我々は何と神への祈りを捧げすらせずに冒険の記録を行える。神父なんていなくたって、冒険の書さえあれば奇跡は起こるのだ。逆に言えば、冒険の書を持たない神父は単なる劣化僧侶、劣化王様に過ぎないのだ。今や何某の神殿に行けば誰もが気軽に僧侶へ転職できる時代にあって、神父それ自体を無闇矢鱈と有り難がる意味なんて無いことは、これ以上説明する必要もないだろう。

遂に剥がれた神父の化けの皮。だが注意されたし。この言うを俟たない事実は、しかし得意顔で件の神父へ指摘していいものではない。安易にそんなことをすれば、思いのほか器の小さかった神父にへそを曲げられ、冒険を記録させなくするという暴挙に出られる危険があるからだ。納得はしかねるが、全ての神父から無償で提供される冒険の書が無くてはならない存在であることも事実。この冒険の書を隠されてしまわないよう、事は慎重に運ぶ必要があるのである。
ここは一つ考え方を変えよう。彼らだってただの人。そう、ただの人なればこそ、このような愚かな思い違いを起こしてしまったのだ。ならば今度は、我々の方が神父達へ許しを与える番なのではないだろうか。慈悲の心で、深き慈愛で、愚かな勘違いに溺れた彼らを諭し、赦すべきなのではないだろうか。初めから非難の色を出すよりは、まずそれくらいの姿勢で話を始めるくらいが、彼らの凝り固まった頭には丁度良いだろう。
だが、それでもなお意固地な態度を取り続け、考えを改めようとしないなら。
それは、冒険者と神父による、冒険の書の所有権を巡った全面戦争の幕開けである。



15/01/31(土) 第1092回 知らぬが仏

でもさぁ〜、昔から言うじゃん? 「無知は罪」って。
それでいくと、仏ってワルい奴よなぁ。
なんせ自分に都合の悪いことからは目を逸らして、
それで「仏の心」だとか言ってるんだもんなぁ。
そこへくると、神様って良い奴よなぁ。
だって昔から言うじゃん? 「神のみぞ知る」 はいキタこれ。
神様は何でも知ってるんだぜ。酸いも甘いも知ってるんだぜ。
凄くね? これ。仏なんかメじゃなくね? これ。
それにさぁ〜、仏のダメなとこって他にもあると思うワケよ。
だって昔から言うじゃん? 「仏の顔も三度まで」って。
狭っ! 仏の心狭っ!!
やっぱり何て言うかなァ、仏ぐらい超絶ヤバい存在ならさぁ、
もっと器が大きな男であって欲しいワケよ。
何でも受け止めてくれる度量の大きな男であって欲しいワケよ。
そこへくると、神様はやっぱり違うね。
だって昔から言うじゃん? 「おお神よ! 罪深き私をお許し下さい!」 それな。
これさえ言っちゃえば神様何でも許してくれちゃうの。
どんな悪事を働いても神様許してくれちゃうの。
やっぱモノホンの男はそのへん違わいな。渋きぞな。
仏も地は悪くないんだから、もうちょっと自分を磨いていくと、
いいかなーと、思いまーっす。
あ、あと仏頂面も直した方がいいすよ。

この日、男の地獄行きが決定した。
が、そうと知らない男はいつまでもご機嫌だった。


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