第16回 側杖の吸血鬼
俺の名前はバンパイア。ここアースの洞窟の奥深くで長年眠り続けていた恐怖の吸血鬼。
人は俺を、人間の生き血をすする邪悪な魔物だと思っている様だが、それはちょっと違う。そりゃあ俺としても人間の血を戴けるものなら、特にそれが若い娘のものというなら喜んで戴きたい所だが、俺はそんな野蛮な事はしない。
もっとも、昔は方々暴れまわったものさ。そこのメルモンドは勿論、コーネリア地方や時には北の大陸にまで足を伸ばして人間を襲った。でも今はすっかり止めた。それと言うのも、この世界の人間共はどいつもこいつも小規模な集落で生活してるもんだから、ちょっと欲を出すと村1つなんかすぐに潰してしまう。ちょっと欲を出して月に1回でも食事に行こうもんなら、次の年にはもう廃墟だ。それに、俺にやられた人間共は揃いも揃って吸血鬼として復活してしまうもんで、一時期は同志が増えて増えて大変だったんだ。ほら、今もこの洞窟のそこらにコウモリがいるだろ。あれはその名残りさ。まあまあ、そんな目で見るなって。今は俺も反省してるよ。そうじゃなかったら今頃この世界は吸血鬼だらけって事になってた筈だろ。俺だってそれはまずいと思って必死に食い止めたんだから、時効だと思って許せ。
それで、そうそう人間も襲えないって事に気付いた俺は、ただ起きてても仕方なかったから、しばらく眠りにつく事にした。それが2、300年か前だったかな。で、この間目覚めたって訳だ。今になって起き出した理由は他でもない。俺の親分、リッチさんが遂に目を覚ましたからだ。
リッチさんは吸血鬼ではない。でも俺はリッチさんの事をよくは知らない。2000年の時がどうとか、何とかランドがどうとか、そんな事を聞いた記憶がある気もするが、何しろ無口な方で自分に関する話をする事はおろか会話そのものが滅多とない。そう、リッチさんは無口だ。大体に内向的な方である様にも思える。ついこの前、ようやく長い眠りを終えたと言うのに1度として外に出ようとはせず、俺の部屋の更に奥に篭って周辺の大地をじわじわと腐らせているのだ。人間共を根絶やしにしたいのならリッチさん自身が出向いて直接手を下せば手っ取り早いだろうにも拘らず。
そしてそういった現場の力仕事は主に俺に任された。あまり、集落を襲って建物を破壊するとかいう事は俺の性には合っていないのだけれど、でも親分の言う事だから仕方がない。俺は何度か、夜になって洞窟から出てはメルモンドの町を襲った。折角だから、町の何人かを見繕って久し振りに生き血を戴いたのはここだけの話だ。間もなくして町には、ここ最近で急激に土が腐敗していっているのは俺のせいだという話が広まった。
人々の間で俺の噂が流れた同時期に、興味深い話も聞いた。何処ぞの有名な予言者が光の戦士とかいう救世主の出現を予言したらしいのだ。俺はそんな予言者なんて知りもしなかったからそんなに気に留める事もなかったが、一応リッチさんにその旨報告した所、もう町の襲撃は止めろとのお達しがあった。
聞く所によれば、ここにその光の戦士がやって来るのも時間の問題らしい。でも大地の腐敗の進行はまだ完全じゃない。その今、奴等に見付かって万一クリスタルの封印を解かれでもしたら計画が台無しになってしまう。だから、町の人々が土の腐敗を俺のせいだと思っている事を逆手に取って、奴等が自分の存在を知るまでの時間稼ぎをしてほしい。そういう事だった。
勿論俺はその役目を買って出たとも。リッチさんの為ならこの命を賭したっていい。早速、自室の奥へ続く階段を石板で覆い隠しそれをリッチさんが内側から封印すると、俺はまるで自分がここの主であるかの様に振舞った。唯一リッチさんの存在を知る老人に奴等が接触してしまわない様、そこへ続く洞窟に巣食う石の巨人を買収して誰1人通すなとも命じておいた。巨人の好物、スタールビーをちらつかせれば簡単に寝返るかもしれないが、肝心のスタールビーは俺が確保している。これでかなりの時間が稼げるのは間違いないだろう。
しばらくして、俺の代わりに町へ行かせていたコウモリが言った。確かに光の戦士とやらはやって来たと。リッチさんの言う通りだった。しかし不思議な事に、奴等は町を訪れて数日は町をぶらぶらとし、宿に泊まるだけで何をするでもない様子だったという。何故だ。分からない。しかし時間稼ぎは出来ているからそこの所は良しとしよう。
数日してようやく奴等も行動を開始した様だが、更にそれから2、3日は近隣のモンスターを相手として修行に明け暮れていたと聞く。大地の腐敗は刻一刻と進行しているのに。確かに時間稼ぎという観点からは申し分ない事だったかもしれなかったが、俺はいよいよ奴等の真意を読めなくなって、つい不安を感じてしまった。
そして奴等は来た。予言の通り、4人の戦士が。特に先頭の、「ナイトのよろい」を身に着けた戦士から漂う威風はただならぬものがあったけれど、俺は一世一代の大勝負とばかりに、精一杯虚勢を張って諸悪の根元をアピールした。いや、そのつもりだった。