第15回 武器屋の軽罪、防具屋の重罪

瞬間、光の戦士達は狼狽した。そしてその時を境に、戦士から黒魔術師へと向けられていた非難の矛先はまるで逆転する事となったのであった。これまで言い返すに言い返せず歯を食いしばってきた黒魔術師がニヤリと笑う――


話は30分程遡る。一行は、いよいよ自らの足でもってアースの洞窟へ向かわなければならなくなった現状に各々が各々の理由でイラついていながらも、しかしそれで自暴自棄になってはいけないとすんでの所で己の感情を抑えていた。ムキになってはいけない。相手はあくまでも町一つを壊滅させた化け物なのだ。幾ら、こんな面倒な仕事は1秒でも早く終えてしまいたいと思っていようと、すぐにでも町を出て洞窟へ足を運ぶ事は即ち自身の死を意味するだろう。彼等は、ここ数日の堕落し切った生活に幾分身体を慣らしてしまったせいか願わくば今日だってバンパイアが現れてくれる事を祈りつつ宿屋でボヤボヤとしていたかったと感じる程の大儀さと、そしてかつてないパーティー内の不協和音とを抱えつつ、少なからず手持ちの装備を新たにする必要があった。
「金もないってのにな」 「………」 彼等は足早に武器屋へ入った。

へいっ、いらっしゃいっ!
えーっと、何にするんだいっ?
商品価格
しゃくじょう200
サーベル450
ロングソード1500
フォールチョン450

そのラインナップは、武器なりでも変えれば新鮮味と共にまたやる気も出て来るんじゃないかという淡い期待を抱いていた彼等をものの見事に打ち砕いた。どれを取っても、これまでの冒険で目にした事のある品ばかりなのだ。
例えば、「しゃくじょう」と「サーベル」はエルフの村の武器屋で扱われていた。「フォールチョン」はこの間廃墟の城の宝箱から手に入れた。つーか「フォールチョン」って。ふざけるのも大概にしなさい。「チョン」って。武器なのに「チョン」って。笑わせやがってからに。聞いた所によれば別名を「ファルシオン」と言うらしいが、何故こっちにしておかなかったんだ。何か、大人の事情があってROM容量が足りそうになかったから「ァ」「シ」「オ」の三文字を使えなかったとかいう事なのだろうか。いやいや、それはおかしい。何となれば「オーガ」ってモンスターが実在するし、「シミター」って武器が実在するし、もしかしたら他にはないかと思った「ァ」だって「ダークファイター」ってモンスターが実在してるじゃないか。だのに何でわざわざ「フォールチョン」なんていうふざけた名前を付けちゃったんだ。ってかそんな事はどうでもいいのだが、それより何より酷いのが「ロングソード」だ。何しろ既に戦士はこれよりも強い、「フォールチョン」よりも強い「ミスリルソード」なる剣を手に入れている。エルフの村にて売られていた物である。つまりここメルモンドにある武器屋は、「フォールチョン」とかいうふざけた野郎を除けば全てエルフの村の武器屋と同等かそれ以下の品物しか扱っていないのだ。
武器にしろ防具にしろ、新調した物を実際に使用し試してみる時のワクワク感というものはいつの世も変わらず人々の心の中にあるものだ。だからこそ、金がないなりに武器を買い換える気は満々な彼等の出鼻を挫いた武器屋店主の罪は重かったといえよう。イライラは頂点に達しようとしていた。しかし彼等は今一歩の所で踏み止まった。自分はこの世界を救う光の戦士だぞ。ここで人道に背く事があってはならない。海賊は殺してもいいが、一般人に手をかけては……!
最後の最後で人としての良心を取り戻した一行は、潔く諦めて今度は防具屋へと向かう事にした。しかし、武器屋に入る時すらお互いにいがみ合いながらも幾分かそれまでより明るめになったかに見えていた彼等の表情は今、一様にして暗い。四人は薄々感じ取っていたのだ。ここには、そんなに強い装備品を置いてはいないのだと。この世界が冒険を進めていくに連れ、段階的に強いアイテムが手に入っていくお決まりのRPG方式に則っている事にそろそろ感付き始めていた彼等は、当然の様に外海に出れば更に強力な武器や防具に出会えるものだと信じ切っていたのに、その純粋な想いを裏切られたのである。
「誰かさんの話とは随分違うじゃねーかよ」 「…………」 失意の面持ちで、だがしかし最後の希望を持って、彼等は防具屋へと踏み入った。するとどうか、何と、ここの防具屋にはRPGの規則に即した新装備を扱っているではないか。一行は商品を繁々と眺める。そして――

へいっ、いらっしゃいっ!
えーっと、何にするんだいっ?
商品価格
ナイトのよろい45000
ぎんのうでわ5000
おおかぶと450
せいどうのこて200
はがねのこて750

瞬間、光の戦士達は狼狽した。そしてその時を境に、戦士から黒魔術師へと向けられていた非難の矛先はまるで逆転する事となったのであった。これまで言い返すに言い返せず歯を食いしばってきた黒魔術師がニヤリと笑う。

「いやはや、『ナイトのよろい』が45000ギル! これはお高い。今の我々の所持金じゃ到底手が出せませんなあ。もっとも? この四人の中に? これを装備出来る人間が? ただの一人もいなければ? この心配は杞憂だったという事になりましょうが」

「………」

「私は魔術師ですから、こんなやたらと重そうな物なんて身に付けてられません。白魔術士も当然そうですし、モンクなんてのは俊敏さが命な訳ですからこんなゴツいだけで機動性も何も考慮されてなんかない物なんて頼まれたって装備しようとは思わないでしょうね。そこにきて、ほら、そこの貴方、貴方はどうなんですか?」

「あ、いや……」

「あら、装備出来ない? それならここに用はありませんね。じゃあ貴方は今の装備のままでアースの洞窟に向かうという事で――」

「いやいや、ちょっと待てよ。俺装備出来るって」

「ほう!? 装備出来ると仰る? 『ナイトのよろい』を装備出来ると仰る!? 貴方、今現在の我々の懐事情を知っての上でそんなたわ言を? その口がそんな妄言を? 笑わせてくれる」

「おい、よく言うな。お前の言うその『懐事情』を作り出したのは一体誰なんだよ?」

「『一体誰だ』ぁ? それこそ妄言だ。この町に数日滞在したからって、それで消えた金なんてたかが知れてるじゃないか。それがお前はどうだ。45000ギルだ? 桁違いもいい所だな。それだけあればこの町に何泊出来る事か。算数も出来ない体力馬鹿は黙ってろよ」

「ぐ……」

「お前さあ、この『ナイトのよろい』買うつもりか? 買うつもりなんだろうな、その素振りじゃ。何たって買わなきゃこの先まともに戦えもしないんだもんな。ったく、ちょっとは装備の新調をするのを次の機会にするとかいうストイックさを見せてもみたらどうだ。ただでさえ装備品一式を揃えるのに金のかかってしょうがないジョブなんてやってんだからな。45000ギルだぞ? お前ここいらのモンスターと戦って得られるギルがどんなもんだか分かってんのか? 一回のバトルで精々3〜400ギルってとこだ。時間がかかりそうだな。ああかかりそうだな」

「…随分言いたい事言ってくれるが、別に『ナイトのよろい』がバカ高いのは俺の責任でも何でもねーじゃねーか。この防具屋のおっさんの裁量一つだろ」

「分かってないな。『ナイトのよろい』がクソ高いのは確かに防具屋のおっさんがぼったくってるからであってお前のせいじゃねーけど、これを買わざるを得なくなったのは明らかにお前がいるからだろ。ちょっとは頭使え」

「じゃあ何か? お前はこのパーティーに最初から俺がいなければ良かったとでも?」

「まさかお前未だに自分がパーティー随一の攻撃役だとでも思ってたか? だとしたらそんなにおめでたい事はないな。この際だから言うけど、この間モンクが多段ヒットを決めてくれる様になってから、お前とモンクの間にあった差なんてなくなった様なもんだ。モンクはこれからもっともっと腕を上げて最終的にはお前なんて足元にも及ばなくなるんだろうな。それでいてモンクは何処かの誰かさんみたいに装備品がかさばらないから安くつくもんでね」

「…………」

「あーあ、こんな事だったら最初からモンク二人をパーティーに入れてりゃよかったな。さーて、行くか。誰かさんの為に大金稼がなけりゃなんなくなったからな」

「…………」



「ナイトのよろい」が絆を裂いた。
酷いぞ、防具屋のおっさん。


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