第10回 海賊退治
物事には何に対してでもイメージというものがあるもので、人は時にそのイメージによって実際よりも過ぎた待遇を受けたりする事があり、また逆に不当な扱いを受けてしまう事もある。
中でも、「海賊」について感じるイメージはと言われて、良い印象を思い浮かべる人間は少ない事と思う。近年では「海賊王に俺はなる」が口癖である麦わらの某という海賊の活躍によって多少好印象側へと傾いたかもしれないとは言え、あれは例外中の例外である。現実には、海賊という賊が航行中の船を襲い積載されている財貨を奪い取ったり、それどころか乗組員をその手にかけたりという事件が毎日の様に起こっているのだ。端的に言って犯罪者以外の何物でもないそれらを相手にして、何故その印象が好いものである筈があろうか。
ビッケは悩んでいた。今、彼は言われなき迫害に遭っている。
現在、自前の船をすぐ近くの港へ着け、食糧等調達と一時の休息をかねてここプラボカの町へ降り立った彼。彼はこの辺りアルディの海を拠点として活動している海賊だ。だがしかし、彼は他の、ただ残虐なだけの海賊とは違う。善良とまでは流石に言えないにしても、あまりに非道な行為だけは出来ぬと、人間として最後の誇り、最後のプライドだけは譲れぬと、これまで金品を強奪した事はあれど人間を殺す事だけはしてこなかったのだ。こと最近は、海での活動中に度々遭遇する魔物共からのギル収入が相当のものである為に一般の貨物船等を襲撃する事も殆どなかった。彼はそんな自分を大層誇りに思うと共に、少しばかりは「人を殺さない海賊」の話が町に伝わっているかなとまで思っていたのだ。
だがどうか。港町プラボカに着くや、人々から漏れ聞こえるは狼狽と悲鳴とだけであった。活気に満ちていた筈の町中からは瞬時にして人の姿が消えた。こちらから歩み寄ろうとすると、相手は恐怖に顔を引き攣らせながら遠ざかろうとする。
彼は悲嘆に暮れた。あまりの事に一度ばかりは、自分がこれまで襲った船の乗組員に危害を加えぬまま帰し続けた事を後悔すらした程だった。これまで逃がした者達の中には、恐らくこの町出身の人間もいたであろう。にも拘らず、まあ大体にその事を感謝されるのは無理があるにしても、ここまでの扱いを受けようとは。
数時間か、経った頃だろうか、相も変わらずビッケを拒絶し続けるプラボカの町に何者かの姿を見たのは。
程なくして、彼の前に四人組の旅人が現れた。屈強な戦士に、筋骨隆々のモンクが一人ずつと、魔術士らしいのが二人。ここいらのモンスターを相手してやって来たとするなら、それなりの力を持った者達であると、彼は咄嗟にもそう感じていた。だが彼がそれよりも強く感じ取っていた事は、明らかに四人が自分の事を憎々しげな目で見ているという事実の方であった。
さしずめ、見た目にも頼りになりそうな旅人の姿を見た町の誰かが、「今この町は海賊に襲われているんだ」とか何とか言ってけしかけたんだろう。ビッケは、こんな日にプラボカへとやって来た事を心底後悔すると共に、こんなにまで自分の事を理解してくれようとしない人間達の事が、いよいよ恨めしくなってくるのであった。
かてて加えて今目の前には、憤怒と侮蔑が入り混じった目で自分達を見、すぐにでも斬りかかろうかと様子をうかがっている四人の旅人の存在。幾許の事情を知るでもない者達からの問答無用の敵対心に、彼は憎悪心をもって応えようとする。
ただ、それでも彼は思っていた。この旅人達が、「貴方達と戦うつもりはないのだ」という自分の意思を感じ取ってこのまま去ってくれるのなら、私も彼等と、この町の人々の事を許し、そしてこの町から姿を消そうと。自分からは決して動かない。だからどうか、争うつもりのない事を汲んでくれないか。ビッケは立派であった。相手が相手なら下手をすれば突然に攻撃される危険性すらあったこの状況の中で、ひたすらに耐え、静止し続けたのだ。無益な争いを避けたいその一心で、である。
だが、その願いは虚しくも散るのだった。一方的に敵意を向けられる中で、一向に襲い掛かろうともしなかった自分に、パーティーのリーダー格と思しき戦士はその手に持った剣の切っ先を向けたのである。
片や人を殺めぬとは言え犯罪者風情の海賊、片や小さな港町を襲う悪党を野放しにしておけない、「正義」に忠を尽くす強き旅人。両者が、ほんのちょっとした話し合い等でお互いを分かり合える訳のない事をビッケは悟っていた。彼は、これから起こる生死を賭けた戦いがどうしても避けられないものである事にえも言われぬ悲しみを覚え、しかし最後まで誰一人として自分の事を分かってくれなかった事への怒りをも込めた開戦の合図を叫ぶ。