第11回 海上の渇上げ

「…あー、暇だなー」
「何か面白い事ねーかなー」

また来た。これでもう何度目だろう、こいつらに絡まれるのは。
男は心の底から嫌と思いながらも、男達に応対する。

その男は、アルディの海を股に掛けそしてその名は七つの海を越えて轟く世界一の大海賊ビッケの配下として、共に数多の航海を経験してきた海賊だ。いや、海賊だった、ほんの数日前までは。
「人を殺さない海賊」ビッケ。他の団に属する海賊から幾度となく揶揄されながらも、その精神を貫き続けたビッケ。男はその心意気に惚れ、生涯ビッケに着いて行く事を決意し、そして船へ乗り込んだのであったが、そんな彼の、そしてビッケの海賊人生はあまりに唐突に訪れた。人の子をその手にかける事を針の先程も厭わない野蛮な冒険者が仕掛けてきた一方的な決闘によって、逃げたくともそれすら叶わないまま団員が皆殺しにされてしまったのだ。その日を境にビッケは海賊稼業から足を洗った。
そんな中、男はビッケを除いては唯一生き残った海賊団員であった。ビッケが港町プラボカへ降り立った時、留守番として船に残っていた事で心なき冒険者の襲撃に遭わずに済んだのである。
だがそれは運の良かった事と言えるのか、或いは――男は、操船技術を持つ唯一の人間として無理矢理冒険者一行の旅路に同行させられる事となったのだ。数多くの仲間を殺し、自分と、何より親分ビッケの海賊人生を絶った者達の足となるなんて、当然辛抱ならない事ではあった。だが事実上捕虜である自分の状況を鑑みれば、反発する事なんて出来た筈もない。
これから一生こいつらの言う事を聞き続けなければならないのなら、いっそ大海のど真ん中で身投げして船を動かせない奴等へ一矢報いようかとも思わないではなかった。しかし親分があれだけ愛したこの船を捨ててしまう様な事はしてはならないと、それだけは踏み止まった。いや、だったら、あいつらが陸地に降り立った隙を見て逃げようか、そう思わなかった訳ではない。しかし、船を捨てて逃げるにしろ船に乗って逃げるにしろ、一人ではまともにモンスターと渡り合えずに一日とせず野垂れ死んでしまう事は確実だろう。つまり男は、あれら冒険者四人によって生かされている身でもあるのだ。男は己の不甲斐無さに、そしてそれにも増してあまりの仕打ちに対する怒りと悔しさに歯噛みするのであった。

「あー、航海って意外とつまんねえもんなんだなー」
あいつらの中の一人が言う。退屈らしい。それもそうだろう。聞いた話によれば何百年か前に海風の様子がおかしくなってからというもの、操船もただ舵を握っていさえすればいいというものでなくなって、つまり思った方向へ移動するにも大変でその分時間もかかるんだ。それでいて景色は変わらないし、起こる事と言えば陸地を旅してる時と同じで時折モンスターが現れるだけ。「大海原を旅する」なんていう聞こえだけはいい言葉に一体どんな期待してたかしらないが、現実はこんなもんなんだよ。
一度は聞こえなかった振りをして前を見据えていた男のそんな心の声も知らず、「奴」は今度はあからさまに聞こえる様にこぼした。「何か良い退屈凌ぎみたいなものはないもんなのかねえ」
男は、冒険者一行のそんな愚痴を耳にすると、決まってあるゲームを用意する。15パズル――縦横4×4の枠の中にある1〜15までの数字が書いてあるパネルを、その順番通りに並び替えるパズルである。
それはプラボカの町を出航して間もなくの事、あまりに違った理想と現実に早くも食傷していた四人の男達。そのストレスは当然、操舵者の男へ向けられていた。堪りかねた男は少しでも奴等を苛立たせない様、海賊の仲間内でも盛り上がっていたこのパズルの事を教えた。たちまちにして気に入ったらしい四人。よほどつまらなかったのか、パズルに没頭する四人。「下手糞だなあ」 密かに思いながらその脇で船を操る男。
しばらくして、奴等の歓声が聞こえてきた。どうやら解けたらしい。男は思った、これだけ嵌まっている様なら二、三日は言われなき迫害を受ける事もないだろうと。
だが、次に男に浴びせられたのは、全く予想だにしない一言であった。

「いやー、解けたよ」
「………」
「何か言ったらどうだい。凄いだろ?」
「ああ…はい…」
「そうだろそうだろ。じゃあさ、何かご褒美頂戴よ」
「え?」
「いや、だから、ご褒美」
「はあ…」
「いやいや、『はあ…』じゃないから。ほら、100ギル」

以来男は、度々四人の内の誰かに「暇だ」とぼやかれ呼び付けられては、15パズルを解いて100ギルをせびられる事になるのであった。
手頃な小遣い稼ぎに味を占めた四人の「冒険者」という名のたかり屋が、パズルに飽きる日はまだまだ遠い。


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