第9回 呼び覚ませ正義
果たして、その奥に魔女はいた。だがしかしそこにいたのは、戦士が戦士の思い浮かべた禍々しい凶悪な存在でも、黒魔術師の言った神でもなく、だからと言ってまさか気(以下二文字自主規制)である筈もなかった。
水晶の目……水晶の目……
水晶の目……ゴトッ! イタタッ!!
水晶の目がないと目が見えん
誰だ? 水晶の目を盗みおったのは!
「あんまりいそいでごっつんこ ありさんとありさんがごっつんこ」なる歌詞で始まる童謡があるが、この人は一人でごっつんこである。もとい、ごっつんこしている。
ちょっとして、そう言えばコーネリアの町で「水晶の目がないと何も見えない」という魔女マトーヤの話を聞いた事があるのを思い出した彼等であったが、そんな事よりも先に立つのは「箒も気持ち悪いが、むしろこいつの方が気持ち悪い」という事実のみであった。
他に部屋もない様であるし、こんな所さっさと後にするが得策。と、速やかに踵を返して帰ろうかと思ったその時、それは目に入ってしまった。部屋の横の方に、無造作に置かれている三つの宝箱の存在が。
私は、思うのだ。目の見えない、今もちらと目をやると何かにぶつかったり足を引っ掛けては痛い痛いと声を張り上げている人を尻目に、そこにある宝箱の中身を持ち去っていってしまうこの行為に際して感じる罪悪感は一体なんなのだろうか、と。悲しいかな、普段どこぞの街の民家にある宝箱を開けたり、壷やタルの中身を探る事にかけては今や何ら抵抗を感じないのに、である。
不思議なものである。既に我々は、数多くの冒険物語に触れる中で、俗に言う「窃盗行為」に打って出る事には慣れ切っていた筈であったのだ。事実我々は、先に述べた様に何ら悪びれずして一般民家の財産を持ち出す、その民家の主が在宅中であるかないかに拘らず、である。いや、むしろ誰かがすぐそこにいてくれる事の方が、アイテムを入手しても大概一切咎められないのを抜け道として、無意識にそのアイテムを持って行ってもいいと許可されていると思い込むのだ、我々は。独善的な人間の得意技である。
しかしそれこそが我々をマトーヤの洞窟内で苦しめる最大の理由であった。いつだって自分の都合の良い方へ良い方へと考えていたのだが、「目が見えない」と言明したマトーヤの前にそのいつもの手段は最早通用しなかったのである。そしてマトーヤ自身の、お世辞にも穏やかとは言えそうにない気性。大体に彼女は「水晶の目」が盗難に遭った事に憤慨している訳であって、傍の宝箱を無断で開放する自分達だけを都合良く許してくれるなんて事がある筈もないのだ。これら全ての情報を頭の中で整理し、自然と「この人は勝手に自分の持ち物を持ち出していく人間を明らかに許さない」事を悟った時、これまで心の奥底に巧妙に眠らせていた窃盗行為への罪悪感が胸を締め付けるのである。
嗚呼、人間という生き物はいつからこんなにも非道になってしまったのだろう。傍らにいる誰かから、「私は目が見えない。今そこで誰が何をしているか全くもって分からない」とまで言われなければその心の内にくびきは決してかけられないのだ。これはともすれば、民家に立ち入った時には、家財道具から何から一通り調べる事に一切のペナルティを設けなかった、ゲームそれ自体の功罪ですらあるのかもしれない。
罪を忘れた者達は、そうする意図がなかった偶然の結果だとは言え、マトーヤの魂の叫びによって己の中の正義を呼び起こす事になろう。
そして、改めて決断した自分の行為がその正義に反しないのだという事をしっかりと確認した上で、目の前に置かれている三つの宝箱を開放、その中身を有難く頂戴するのである。
中身は、毒消しにポーション二つであった。