第8回 とくれせんたぼーび
彼等がそれを見たのは、大陸へと渡ってから割とすぐの事だった。
東方にあると聞いた港町プラボカへの道すがら、ふと見付けた洞窟へと足を踏み入れたその直後、それは光の戦士達の前に現れたのだ。
戦士達は唖然としてその場に立ち尽くした。彼等の顔には一体に当惑の表情が浮かぶ。
それも仕方のない事であろう。突如として眼前にはだかった、そいつのフォルムを見てみるがいい。箒、なのだ。有り体に言って、箒、なのだ。
箒が、人間の用いる掃除用具の一つたる箒が、そう、人間が用いるからこそ初めてその役目を存分に果たす事の出来る箒ともあろう者が、ひとりでに動き回り床を掃いているのだ。とっくに人知を超越したその現象を目の当たりにし、戦士達の緊張はいよいよ高まる。
「もしかしたら、この洞窟に住む魔女が呪術の力でこの箒を動かしてるんじゃ」 一行の先頭を行く戦士が仲間に向けて、しかし箒から目を離す事なく言った。だがその意見を黒魔術士が即座に切り捨てる。「馬鹿言え、そんな筈あるまい。よく見てみろ。一見箒を動かして床掃除をやらせている様に見えん事もないが、全くもって動きに整然さを感じられないではないか」
言われてもみれば、ひとりでに動いている箒はその実本当に自由気ままとばかりに動いているだけで、同じ様な所を何度も何度も繰り返し掃くし、規則的に動くでもないからいつまで経っても床の埃はまとまらない。黒魔術師は付け加えた。「もしこれでこの箒に床掃除を任せてるつもりだって言うんなら、その魔女はとんだ食わせ者だな。魔術師の風上にも置けん」
己だっていっぱしの魔法使いという訳でもなかろうに眼前にある箒の「操縦者」を手酷く批判する黒魔術士。だがしかしそれは、彼の放った精一杯の虚勢であった。
いや、彼ばかりではない。魔女の存在をそれとなくほのめかした戦士も、先程来からやや緊張した様子ではあるがそれでも平静を保っている風のモンクに白魔術士も、内心冷静ではいられなかった。
えも言われぬ気持ちの悪さ、得体の知れない気味悪さ、人外の存在であるという事を踏まえてもなお拭い去れないそれらが今、彼等の精神を著しく乱している。