世界情勢の把握。古来よりその霧の影響によって、戦乱の絶える事がなかった霧の大陸。近年でこそ、リンドブルム国を始めとする霧を利用した飛空艇技術に圧倒される形で戦争は収まっていると思われているが、アレクサンドリアの女王ブラネが不穏な動きを見せていたりする等、今現在も緊迫した状況は絶えず続いている。
一分一秒単位で刻々と変わり続けるこの世界情勢というものを、自身は盗賊団アジトにいながらにして自動的に得る事が出来るのなら、それは計画の遂行、そして野望の達成に大きく影響してくるものと考えられ、また、滞り無くその計画を進めていく為に必要不可欠となってくるものである。メネがわざわざヴァイス盗賊団の頂点に君臨した最大の理由はこれだった。彼は盗賊団が保有していた財貨を利用し、野望の本格的始動を前に、まずこれを実現しようとしていたのだ。
とは言えその様なシステムを一から構築するのは、誰にも気付かれない事が好ましい等の点を考えれば、例え盗賊団がどれだけの財を持っていたとしても不可能な事であると言わざるを得ない。盗賊団のギルを利用するのではなく、ヴァイス達そのものをガイア各地に配置する等の形で利用すれば或いは実現の運びとなるかもしれないが、しかし有効な移動手段や連絡手段を持たない彼等では折角入手した最新の現地情報が自分の下に届くまでにかなりの時間を要してしまう為、それでは役立たないにも程があり却下だ。
ただ、自ら新しい情報網を作り出す事が困難であるならば、既存するそれを利用すればいい、メネはそう考えた。既にして存在する、霧の大陸三国を完全に網羅せし巨大な情報ネットワーク。それに目を付けたのである。
そんな情報ネットワークが都合良くも存在しているのか? 貴方はそう思うかもしれない。しかしそれは存在するのだ。この広い世界で、文書のやり取りとして確かに運用され、利用者から「モグネット」と呼ばれるネットワークが。霧の大陸に留まらず、外側の大陸を始めとした全世界四大陸をも全て網羅しているモグネット。メネにとってこれ以上に打って付けのものはなかっただろう。
ただ、メネがモグネットを情報入手の為に利用するに当たっては一つ問題が生じる。彼はその生い立ちが災いしてモーグリという種の中で孤立している為に、メネへ宛てられたお手紙が彼の下へ届く可能性が万に一つもないのだ。勿論それは彼が各地のモーグリと知り合いになりさえすれば解決する問題ではあるのだが、現状一盗賊団のボスという立場にいる事や、世界征服という自身の野望の事を考えれば、自分の存在が他の誰にも知られないままである方が彼にとって都合が良いのである。
そこでメネはどうしたか、簡単な事だ。自分宛のお手紙が存在しないのなら、他のモーグリ宛のお手紙を盗み読めばいいのだ。そうすれば、各地にいるモーグリ達と知り合いになるよりも非常に容易く、かつ自らの存在が認知される事を最小限に抑える事で、計画の遂行に支障を来たす可能性を限り無くゼロに近付ける事が出来るだろう。
そうとなれば重要となるのが、お手紙配達機関「モグネット」の管理人兼お手紙配達人アルテミシオンの存在である。このモーグリをどうにかしない事には、お手紙を盗み読む事等到底不可能な事だからだ。
では具体的にはどうすればいいのか。彼の身柄を拘束する訳ではない以上、脅迫紛いの行動に出るのはあまりにも計画に対して危険を伴う。アルテミシオンには、自分がお手紙を盗み読む為の手引きをしてもらいながらも、あくまでいつも通りにお手紙配達人としての仕事をこなしてもらわなくてはならないのだ。
そこでメネが取った手段、それが買収だった。今や自分のものと化している盗賊団内の金品を幾らか賄賂という形でアルテミシオンに渡し、その見返りとして、配達前のお手紙の全てを一旦自分の下に届けてもらおうという魂胆だ。この方法なら、確かに自分はアジトに身を置きながらにして、自ずと世界中の情報を得る事が出来るだろう。
勿論、買収と簡単に言ってはいるが実際それは容易く成せるものではない。人の心を思いのままに、寸分の狂いなく操る事が如何に難しいか。脅迫程ではないにしろ、癒着というものも一歩間違えばその瞬間に全ての計画を台無しにしてしまう危険性をはらむ諸刃の剣なのである。が、メネには確信があった筈だ。アルテミシオンを買収するに当たり、事前に彼の人となりを観察した中で、彼の心の内に秘められた「弱さ」を知った筈だ。時間的にはこれより後の話となろうが、アルテミシオンは何の弾みか、ある時突然お肌の手入れにこだわり出し、お手紙の仕分けをしていると思しき機械の整備には欠かせない「アレ」を無断で使い込んでしまい、結果としてその機械を稼働不能状態にしてしまうというトラブルを引き起こすのだが、彼自身はこの件について「誘惑に勝てなかった」と語った。メネは彼のこの「誘惑に弱い」という弱点を、事前に認識していたと思われるのだ。人を見る目の秀でる部分は、前述の類稀なる人心掌握術の一部とも言えよう。メネはその冷静な分析により、モノ次第では奴を買収する事は容易いと確信したのだ。
そして、そのメネの考えはやはり間違っていなかった。実際に両者がどの様に接触し、どの様な交渉があったのか、その詳細こそ分からないが、アルテミシオンがメネに買収されていた事、実はそれを、ゲーム中のとある場面からうかがう事が出来る。
それはゲームのストーリーで言えば、ブラネ死去後、ガーネットがアレクサンドリア女王の即位を3日後に控えるアレクサンドリア城下町で起きた。ゲーム上では、ATEの1つ「アルテミシオン」での出来事だ。
このイベントはアルテミシオンが初登場するイベントでもあり、この時のアルテミシオンと、世界各地を旅する流浪のモーグリ、スティルツキンとの会話の中に、各地で出したスティルツキンのお手紙の内、配達されていないものが何通かあるのではないかという疑惑がアルテミシオンにかけられる一幕があるのだが、よく考えてみると、ここにどうも不自然な点があるのである。
ゲーム開始当初、同じくアレクサンドリア尖塔下にいるクポに初めてモグネットの事を聞いた際、「最近なかなかお手紙が届かない」といった事を言っていたし、またこれを境にアルテミシオンが「アレ」を使ってしまったからモグネットが不調になったらしい事が色々と聞ける様になる為、この疑惑もその影響によるものだろうと思った人が殆どだっただろう。
しかし、それでは疑問が残らないだろうか。モグネットが不調になった原因というのは、前述の通りお手紙の仕分けをする機械が動かなくなったからだが、本当に「あの」機械が動かなくなっただけで、配達未遂に終わるお手紙が発生し得るのだろうか、という疑問が。
繰り返すがアルテミシオンは「お手紙配達人」である。「配達人」という事は、各地のモーグリが出すお手紙はアルテミシオンによって宛先のモーグリへ手渡しされているものであると思われ、またそれはモーグリ達の話からしても明らかだ。あの機械が仕分けという作業を担当しているのかは厳密には分からないが、配達という作業自体は、機械が動かなくなる以前も以後も、一切変わる事がないものである筈なのだ。更に言えば、機械が停止する前と復帰した後はどうやらちゃんとお手紙の配達が成されているであろう所を見ると、アルテミシオンは仕事に関して、別段怠けるだのといった行為をしているとは見受けられない。
つまりどう考えても、スティルツキンが差し出したお手紙が「機械の不調を理由にして」配達未遂に終わる事は起こり得ない事態なのである。配達に時間がかかる事はあり得るとしても。
勿論、アルテミシオン個人に特定のお手紙を差し止める理由や根拠があるとは言えない。そしてそうである以上、やはりこれは何か他者が絡んでいるのではないだろうか。そこで浮上するのがメネという訳だ。一旦自分の下へ届けられたスティルツキンのお手紙を、そのまま自分の手元に残したのである。
メネがスティルツキンのお手紙を自らの手に留めた理由、それは勿論手紙の内容にあったのだろう。今まで多くの旅を経験し、世界各地の様々な知識を得ているスティルツキン。ゲーム中の彼の行動、言動を見ても分かる通り、彼には真実を見抜く力があり、その言葉やお手紙に記されている内容は、かなり真実に近く、的を射ているものが多い。そのスティルツキンのお手紙に、他者に知られようものなら自身の計画に大きな狂いを生じさせるかもしれない事が書かれていたとしたなら、もしもそこに、世界を揺るがしかねない事実が記されていたとしたなら。偶然にもモグネット本部の機械は不調であり、どうやらお手紙配達に関し少なくない支障を来たしている様だ。だとすれば、もしここで配達未遂のお手紙が数通発生したとて、それが大きく取り沙汰される事もないだろう。その様な思惑と確信から、結果配達されず終いとなったお手紙が発生したのだ。
ちなみに、先程のアレクサンドリア尖塔下でのアルテミシオンとスティルツキンとの会話中においてスティルツキンから「ちゃんと手紙を届けているのか」という質問があり、本来ならアルテミシオンはそれに「スティルツキンから預かったお手紙の総数」を答えるべきだったのだが、ここで彼は何を思ったか、それからメネの手元に残ったお手紙の数を引いた「実際に配達し終えたお手紙の総数」を答えてしまっている。結論から言えば、この事態がメネの計画に何らかの支障を与える事はなかったものの、これは下手すればメネとアルテミシオンが裏で繋がっている事が明らかになりかねない場面だったと言える。
前回述べた様に、そして今回も後述する事になるがこの時メネはジタン達を尾行しており、それ故メネもこの付近にいたであろう事から、もしもここでメネの計画が修復不能となるまで破綻してしまっていたとしたら、やけくそになったメネが強硬手段に出ていたかもしれない。
どうやら隠し事が苦手らしいアルテミシオン、そして真実を見逃さないスティルツキン。この一件が何事もなく収束したのは、どうやら運が良かったと言うべきだろうか。
ともあれアルテミシオンは、メネの思惑通り賄賂を受け取って買収に応じた。そして以後、アルテミシオンが受け取った全てのお手紙は一旦メネの下へ届けられる形となり、それによりメネは、世界中の情報を自動で得られるシステムを得るに至ったのだ。
さて、世界情勢を常時把握出来るとなったならば、後は機を見て計画を本格的に始めるのみである。いつ動き出すか、メネは日々アルテミシオンが持って来るお手紙の数々に目を通し、そのタイミングをうかがっていた。
そんな中である日メネは、とある一通のお手紙を目にする。そこにはこんな事が書かれていた。
この前、群れからはぐれてるチョコボを見たよ
この、何一つ変てつのない文面。しかしこのお手紙が、もう後は実力行使に出るだけという段階にまで迫っていた世界征服の計画を大きく動かす事になろうとは。
この時、まだ誰も、メネでさえも知らなかった。
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