準備、それ即ち今まで世界各地で掘り当てたお宝を片っ端から元の場所へ埋め直し、尚且つお宝の在り処を示す石版を埋め直す作業の事であるが、その一連の作業はそれまでの「ここほれ!チョコボ」準備と比較して数倍は困難なものである。
何故ならば、お宝に関してはそれなりの数の盗賊団員さえいれば何とでもなる事だろうが、一方で石版については、元々それらは「ここほれ!チョコボ」に利用する手筈でなかった物なのであり、故にただ埋め直せばいいという訳ではないからだ。場合によっては既にアイテムの埋蔵作業が済んだ箇所を改めて掘り返す必要もあるかもしれず、しかも一旦は掘り出した筈の石版を埋め直すのである。そんな光景をチョコに見られては不都合だろう。何せ前章で述べた通り、メネは桃源郷へ辿り着く為にほんの少しでもチョコに不審だと思われてはならないのだから。
だからこそメネは、それまでは夜にのみヴァイス達を来させる形で昼夜を問わず行われていた準備作業を、夜間にだけひっそりと執り行う事にする必要があった。チョコが寝静まってから石版を持ち出し、或いは一旦埋め終えた地面を掘り起こしてそれらを埋めるのである。
準備作業の概要は大方こんな所だが、しかし聡明たるメネの計略はこのチョコへの配慮のみに留まらない。
ゲーム中で確認すると石版の数々は、丁寧な事に森のみならず入り江や空中庭園に至るまで、きっちり元あった場所に埋め直されているのであろう事が見て取れる。一体これは何故なのだろう。わざわざ森より2倍、3倍も固い地面の入り江、空中庭園に埋め直さなくとも、全て森に置いてあって良さそうな気がするのだが。
これこそが、メネの配慮の1つだったのである。ただしそれはチョコに対してのものではなく、行く行くは駒となる人間に対しての。
つまりこういう事だ。人間とは飽きる生き物である。どんなに楽しく、どんなに白熱するアトラクションでも、繰り返し遊ぶ中で内容が全く変化しないのなら、それはどうしてもその内に飽きられてしまう運命にある。
桃源郷の存在を認識するまでは良かった。それまでは、「人間」の獲得こそが「ここほれ!チョコボ」の最大の目的であって、人間一人が自分の話に乗った瞬間、それは達成されるものだったからだ。だがしかし今は違う。今、チョコの乗り手となる人間には、少なくとも桃源郷に到達するだけ「ここほれ!チョコボ」をプレイし続けてもらわなければならない。その決して少なくない回数分、ずっとプレイ環境が変化しないという事は、途中で飽きられる可能性が大いにあるという事ではないか。そう考えたメネは、石版を全て森に埋める事を避けたのである。
ゲーム中で実際に「ここほれ!チョコボ」をプレイしていると、こんな事を疑問に思う事があるかもしれない。森で浅瀬チョコボへ進化する宝箱がある場所の描かれた石版が見付かるのを始めとして、入り江で山チョコボへの、次の森で海チョコボへの、そして次の入り江で空チョコボへの石版がそれぞれ埋まっているというのは、あまりに流れがプレイヤーやチョコにとって好都合過ぎやしないか、と。
実際、あまりにタイミング良く見付けられるこれら石版には、何かしらの人為を感じるのも仕方のない事である。ただ、考えてもみればそれは当然の事でもあったのだ。あれら石版の埋蔵地はプレイヤーを飽きさせない為にとメネが考慮したものなのであって、つまりチョコ進化の流れは何から何までメネによって計画されたストーリーだったのだから。正真正銘、あれは人為に企てられたものだったのである。
思えば、チョコが浅瀬チョコボに進化したと見るやすかさず入り江の存在を匂わせたのは出来る限り飽きられない為にという意思の表れだったのだろうか。森と入り江では一定以上進化するとプレイ領域が増加するというのも、今にしてみれば最初から「変化」という要素を見越しての場所設定だったのかとも思え、恐ろしく感じるばかりである。
ちなみに進化の過程でプレイ場所を転々とする時、既に全ての石版を掘り出し終えた筈の場所から後々新たな石版が発見される場合があるのは、プレイヤーとチョコが別の場所へ行っている内に追加で埋めたとも考えられるが、ただ、山チョコボに進化した直後に森へ行った場合や、海チョコボに進化した直後に入り江へ行った場合を考えると、これらの時はほんのちょっと前まで存在しなかった筈の石版がいきなり現れているという事になるので多少不自然か。
これを考慮すると、もしかしたらこの辺りに関してだけはチョコも少し、メネから言われた一部の石版を敢えて発見しない等する形で荷担していたのかもしれない。メネが「そうすればより商売が上手くいく」の様な事を言いつつそう頼んでいたのだとすれば、あり得ない事だとも言い切れないだろう。
「ここの石版は全て掘り出し切った様である」と言うのがチョコ自身である事を加味すれば余計にその真実味は増す事になるのではなかろうか。
かくして、遂に「ここほれ!チョコボ」の準備は整った。後は目論見通り、チョコの気に入る人間が現れてくれるかどうか、である。
森、入り江、空中庭園、その全てに所定のアイテムを埋め終え、いつでも「商売」を始められる状態になったのが果たしていつの頃の事だったのか。それが分からないだけに、それから2人がどれ程の期間待ったのかは判然としないのだが、しかしある日、運命の人間は現れるのだった。
ジタンである。彼が森を訪れるまでに人の往来が一切なかった訳ではないが、しかし生まれながらの人見知りでそれら、某国の王女やそのお付きの甲冑男といった人々との交流を拒絶してきたチョコ。このチョコが、ある日何の為という訳でもなくこの地にやって来たジタンという一人の男の事を気に入ったらしいのだ。メネにとってそれは、もうこの先巡っては来ないのかもしれない、正に千載一遇のチャンスだった。
この日以降、メネはジタン達を常に尾行し監視体制を取る様になる。未来のしもべたる彼等の人となりや、戦いにおける能力等を探る為である。
その先の展開はゲーム中でも確認出来る通りだ。メネは、チョコがジタンの事を気に入ったと見るや「ここほれ!チョコボ」の話を切り出し、その話に乗ったジタンが一枚目の石版を掘り出すや否や「そこにお宝がある筈だ」と彼等の期待を煽り、そしてチョコが浅瀬チョコボへと進化すればすかさず入り江の存在を明るみに出したのである。
メネの計画が十分過ぎる程、円滑に進められた事は、貴方がもしゲーム中で桃源郷へ辿り着いているのならより顕著に知る事が出来よう。彼は、あまりに周到だった計画の末、遂に桃源郷の地を踏み締めたのだ。
「いいところクポね〜」 桃源郷に到達したメネの第一声である。だが勿論、彼のその心中はそんな穏やかなものではなかった。
まず彼は確認した。この地に、自分の計画を阻害する可能性のある者がいるのかどうかを。
しかしそこには、一見する限りでは以前チョコから聞いた事のある通りチョコボしかいない様で、戦闘向きの個体がいないどころか武力を備えている様子もなかった。唯一、ここを統治しており夢の中でも幾度か対峙したデブチョコボに関してだけは多分に未知数だったのだが、所詮はチョコボといった所か、特別意識もしなかった様である。
桃源郷の存在が自分の計画を大きく揺るがすものでないのなら。メネは考えた、今後のこの地をどう扱うか。計画が本段階を迎えた所で、世界各地の集落と同時にその手にかけるのか、或いは、どうせ世界から孤立した、殆ど誰もが知らない地なのであれば計画実行の一足先に襲撃しておくのか。
正直言って、メネにとってはどちらでも良かっただろう。世界に与える影響は皆無と言っていい場所にあり、しかもチョコ同様極度の人見知りな者達しかいない集落ならばなおの事。だから彼は、自分と先々の「駒」達とを繋ぐ存在であるチョコに合わせる形で、デブチョコボに定住を申し出たのだ。
だがしかし、結果的にその申し出は断られてしまった。いや、それはこれまでの宝箱を次々掘り出したりといった経緯からすれば、デブチョコボがはっきりそれと分かる事を口にしていなかったとは言え当然か。
ただメネにとってはそれでさえ問題ではなかった。チョコ自身は桃源郷への定住の意思を表明してはいたが、しかしメネはこれがチョコとの永別ではないと確信していたからだ。一時的に離れはしても、あまり長い時間を置かずして必ずや自分の下を訪れる筈だとの考えを確かにしていたからだ。
帰り際、デブチョコボを筆頭にしたチョコボ達のあまりの無責任さによってジタンが移動手段を失い、危うく帰れなくなるという事態もあったものの、メネの読み通り――思いの外早かったのかもしれないが――チョコが戻って来たので無事帰路に着いた件はゲーム中で見られる通りである。
こうしてメネは、チョコと共に桃源郷から森へと帰った。
桃源郷は計画発動に際して何かしら問題となる存在ではない。これを確信し、更に事前の画策通り計画始動以降「駒」として動いてくれる予定の人間達をも獲得したメネ。彼の充足感は手に取る様に分かる。何せその「駒」について言えば、こればかりは彼自身も事前想定していなかったであろう程の力を持つ者達が手中に入れられたのだ。
それから幾許、期せずして、その「駒」達の活躍によって世界には平和が訪れた。
そしてメネは思うのだった。これ以上の機会はないのではないかと。人々が平和に溺れ切る前に、この計画を完遂するべきだと。
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