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07/02/25(日) 第671回 そして再スタート

世の高校三年生達やその他浪人組達が国公立大学の二次試験前期日程に奮闘していた頃、私は一人でマリオだよ。随分と緊張感がなくてすみません。受験生の皆は十分に力を出せたかな? 私は十二分に力を出してスーパーマリオ3をクリアしたぞ。起床時刻が思いの外遅い方へとずれ込んだのと時間の都合と後は何やかやとあった影響でワールドの方はプレイ出来ず終いだったけれど。この感じだと、今日FF12をプレイしなかったのは正解だったかな。やっててもギルヴェガン越えられなかったろ、多分。
しかし、今日も今日とてわざわざ随分と取り出し難い所にまで埋もれてしまったファミコンを取り出してFC版のマリオ3に興じていた訳だけれども、これが随分簡単に感じられるもので。その前にプレイしたマリオ2(昨日は触れてなかったが、あれからもう一年経ったのかよ)のあまりの厳しさからきたものか知らないけど、でも昔は「こんなのどうやってクリアすんだよ」って思ってた筈なんだよな。砂漠の太陽が越えられない。海の国が全般的に難儀。ウェンディに苦戦。巨人の国はそれなりに突破。くつマリオで遊ぶ。雲の上のステージでしくじり倒す。で、ようやっと氷の国に到着した頃にゲームを止めなければならない時間を迎える。そう、当時のマリオにセーブ機能などという便利なシステムは備えられていなかったのだ。当時は確か笛の存在も知らなかったもんだから、泣く泣く電源を切ったもんだよね。結局マリオ3を初クリアしたのはSFCでコレクションが出て、そのセーブ機能に助けられてからの事だった。
それが今はどうだ。丸一日ゲームに時間を割く事が出来ないにも拘らず、一発目のプレイはちょっとしてからいきなり画面がバグり始めてきたからやむなくやり直したにも拘らず、時間を余して全ステージクリアを達成とは。しかもいつかの定石だった1-2でのクリボー踏み無限1UPも必要なしときたもんだ。
あの頃とは違うもんだな。あれからもう二十年近くか? あの頃は、ゲームは下手だったけど、実に楽しい時間を過ごしてたよな。対して今はと言えば、さしたる苦労も伴わずして伸びる技術はただただゲームのテクニックばかりで、その他の、人生を生きていく上で必要なスキルは放っとけば放っておくほど枯れていく一方。そんな中にあってゲームをプレイしても、心の何処かで「本当に今自分はゲームなんかをしてていいのか?」ってな事を考えちゃって、心底楽しむ事も出来ないよ。

いやー、リフレッシュしたなー…



07/02/26(月) 第672回 糒・糒・糒

「糒欲しい」

という一つの駄洒落があるのだが、これは「洒落の中でも際立って下らないもの」という意味の「駄洒落」の中にあってなお笑えないレベルのものだと言わざるを得ない。率直に言って面白くないものである。
しかし何故この駄洒落はそんなにも面白くないのだろう。駄洒落にとって重要とされる言葉のかかり具合なんてのは「そんな甘蕉」(敢えて漢字表記)どころの話ではなく、あの伝説的駄洒落「布団が吹っ飛んだ」(敢えて漢字表記)に匹敵する位もう完璧に程近いものであるのに、だ。私はふと抱いたその疑問に頭を捻った。そして、この駄洒落を下らないものたらんとする二つの大きな理由に行き着いたのであった。

理由1:読み方が不明だ
冒頭の様に「糒」を文字として見せられた時に、もしかしたらこれを正しく読めない方がいるかもしれない。言葉のかかり方が重要な駄洒落において読み方を誤る、或いは読めないというのはあまりに致命的だ。勿論、そんな状態にあってそれを笑える筈もない。何しろ正しく読めなかった瞬間、目の前の駄洒落とされた文字列は笑えるポイントを喪失してしまったのだから。

理由2:委細が不明だ
仮に「糒」を正しく読めたとして、もしくは上記駄洒落を口頭で伝えられたとして、それそのものが何であるかが分からなければ笑おうにも笑えないというもの。今時は「糒」なんて言わないだろうし(と思って調べてみたら「アルファ化米」と出た。知らなかったなあ。ちょっと違う物っぽいが)、何だったら「乾燥させた保存用の飯」自体、世代なり地域なりによっては馴染みのないものかもしれないし。
極端に言えば、「糒」を知らない人に「糒欲しい」と気を利かせたつもりで言ってみたって怪訝な表情をされるだけ、という事。


結論:この白けた空気は、「糒」の世間的認知度の低さから来た。
教訓:今後「糒」を題材に駄洒落を作る機会があっても「糒欲しい」とだけは言わない。


そして今回に限り、上述のものに第三の理由が付け加えられる。

理由3:その駄洒落について懇切丁寧に解説した



07/02/27(火) 第673回 お寒い空気はほしくないいい

そう言えば昨日のタイトル「糒・糒・糒」だが、これは「ほしい・ほしいい・ほしいいい」と読む。
説明しよう。これは、昨日のネタで発表された渾身の駄洒落「糒欲しい」の「糒」がその後に続く「欲しい」に対して見事に「かかっている」事に加え三つの「糒」がお互いに「ほしい」という読みにおいてこれまた「かかっている」という事を踏まえ、のみならず「本当にそう読むのかよ」と少なからずも疑問に思った人が実際に「ほしい」「ほしいい」「ほしいいい」で変換してみると本当に全部「糒」に変換出来ちゃう事実(当方IME)にちょっとしたサプライズまで提供出来るという言わば二重三重の深みを持つ駄洒落なのだ。



理由1:その駄洒落について懇切丁寧に解説した



07/02/28(水) 第674回 366日後のデジャブ

もう二月が終わった。毎年この日に思うのは、「今年ももう1/6終わったんだな」って事だ。これがもう30日ばかりかすれば今度は「今年ももう1/4終わったんだな」って思う事だろうし、更に30日ばかりかすれば「今年ももう1/3終わったんだな」って思うんだろう。それが次第に1/2になり、2/3になり、3/4になり、気付けば一年も終わりを迎えて、そうかと思えば来年の今日にはやっぱり「今年ももう1/6終わったんだな」って思うんだろうな。
あ、来年の今日って月末じゃねーや。

色々大変につき、本日も短めにて失礼。



07/03/01(木) 第675回 気落ちスパイラル

そういう事で三月。一昨日だったかの「何か一言」欄にも書いていた通りで今月以降はまた多少忙しくなりそうなのであるが、ただ忙しくなるばかりでなくこれがかなりフレキシブルに、臨機応変に動いていかなければならなくなる様。時間的拘束は長くとも基本的に一つ所に留まって集中作業ってのがこれまでの主たる活動であった私としては非常に新鮮なのであるが、その分勝手が掴めないせいで心労が重なりそうだ。早い所片付けてしまいたいものである。世の中の「早い所片付けてしまいたい面倒な案件」ってのは大抵早い内に片付いてはくれないものだけどもな。あーあ、憂鬱でならない。

そんな気分なもので、この「雑文」についても「よーし、今日も書くぞー」ってな気分に中々ならないのが現状である。昨日がそうだ。今日もそうだ。この間昔を懐かしんでマリオ3に興じていた日に「本当に今ゲームなんぞしていていいのか」と、ゲームをプレイする為に費やしている時間が勿体無いというニュアンスで書いたけれど、それがサイト運営においても感じられている訳だ。そりゃもう、何度か言ってきた事かとは思うけれど毎日の様にサイト更新にかけている時間を総計したら一体どれ位になるんだって考え始めたらとんでもない事になっちゃうもの。
にも拘らず性懲りもなく更新し続ける自分はあんまり好きではない。だけれども本日付けで369日連続追加更新を記録したこのサイトは、日毎日毎に自己嫌悪に陥っていく一人の人間の記録であるか?

久々にとてつもなく負のオーラ漂う内容になったので、ここで一発。


糒欲しい!


今日も提供、一笑い。良い仕事しましたなあ。



07/03/02(金) 第676回 残念でならない

明々後日に県外遠征を控えている。そんな事言ったら今は日常が県外遠征の毎日であるが、それはいつもの事と特別に勘定しないものとして、昨年一日だけ更新をお休みした日レベルの県外遠征が控えている。昨日書いた「フレキシブル活動」の一環だ。が、日帰りという事である。残念。無論、ここで言う「残念」とは移動→目的達成→移動という休む間もないスケジュールでは体力的にちょっとキツいなあという思いを意味する「残念」であるが。

今日も今日で、「雑文」を更新した。何故ならば、ネタがあるからだ。折角、ネタがなくなった場合にさえ無理をして毎日更新をする使命感に駆られたりしない様にと、開始当初から「不定期更新」というポリシーを掲げて続けられてきたコンテンツであるのに。残念。無論、ここで言う「残念」とは今もってなお「不定期更新」という最早それ自身がネタ臭い一言を譲ろうとしない「妄想針千本」管理人kemkamの頭の具合を指す「残念」であるが。

「雑文」を更新したという事は、勿論「俺的事典」も更新した。今年中にも掲載語数2000後を突破する見込みのあのコンテンツは、色々と諸問題こそ抱えてはいるにせよ間違いなく当サイトの一つの柱と言える。残念。無論、ここで言う「残念」とは、その柱たるコンテンツの数ある掲載語の一発目が駄洒落で始まってしまっているという悲しい現実を嘆く「残念」であるが。

そんな悲劇を抱えつつも、先日の「愚痴」更新によって訪問者の方々に何とかまだこのサイトは動いてるぞ、動く意志があるぞ、って事を伝えられたかなと思う。次第に重大な局面を迎えつつある私にとって次にいずれかのコンテンツを更新出来るのがいつになるのかを予測するのはまたもや困難であり、その意味で先日の一歩は当サイトの公開三年目の歴史における無視出来ない一歩となるだろう。残念。無論、ここで言う「残念」とは当サイト訪問者の中に少なからずいるであろう(と思いたい)「妄想」更新を待ち侘びている方々のご期待に添えなかった事を示す「残念」であるが。そして残念。無論、ここで言う「残念」とは当サイト訪問者の中に少なからずいるであろう(筈の)「愚痴」なんぞ更新してもらいたくもなかった方々の遺憾の意を代弁する「残念」であるが。



07/03/03(土) 第677回 雨を追う男

今日も今日で実のある事なんて何にも出来なかったな。残念。無論、ここで言う「残念」とは見たそのままの事を意味する「残念」であるが。

いよいよ二日後に迫った県外遠征が今から億劫でならない。行く事は決まっているし、人並の責任感は持っているつもりでかつ予定を土壇場キャンセル略してドタキャンしてしまってはかなり取り返しのつかない事になる類の件である為今になって「やっぱり行かない」とする選択肢は100%ないんだから、だったらせめて当日までは何も気にしていなくてもよさそうなものであるのに。
億劫な理由は他でもない、当日はかなり天候が悪そうなのだ。今日、寒気の影響か何かで小雨が降っていたのも明日には回復するらしいと言うのに、明後日には前線を伴った低気圧が通過するとか抜かしているのだ。下手すれば大荒れだ。厳しい。ただでさえ厳しいが、雨嫌いの私にとっちゃあそれは厳しい。事によれば雷までセットで提供されちゃいかねないとなると、雷嫌いの私にとっちゃあそれはそれは厳しい。当日の予報「雨のち曇り」の「のち曇り」に賭けるしかあるまい。幸いにもより重要なのは午後であるし。
雨が降るだけでもう「雨が降るだけならまだしも」とは言えんのに、その上遠征先は翌日にもなれば太陽の覗く天気になるってのがこれまた納得行かん。地元に帰って来たら冬型の気圧配置で雨か雪が降ってるってのも納得行かん。長らく日本海側に生きていて忘れがちになっているが、気圧配置が西高東低になったら太平洋側は晴れるんだよなあ。随分漠然と言っちゃったから語弊があるだろうが、冬場において日本海側地方よりも過ごし易い事実は揺るぐまい。羨ましいねえ。二地域を隔てる山脈がなくなって雨雲雪雲が季節風に乗って太平洋側まで届けばいいのに。

ついそんな暴言を吐いちゃいたくなるのも全て、3月5日にだけ荒れられるお天道様のなす技だ。お天道様よ、あんたのその力で予定を一日だけでいいからずらしてくれんか。それで「じゃあ明日」とか言われたら、泣くが。



07/03/04(日) 第678回 いざ敵地へ

明日の事で一杯一杯の為今日はコンパクトに収めたい所であるが、何故一杯一杯なのかと言えば、明日私の出向こうとしている地が割と栄えた街であるからだ。
栄えた街。人は一般にそれを都会と言うが、この都会という奴は一癖も二癖もあって料理しようと思おうもんなら中々に手こずらされる羽目になるのは必至で、下手をすると返り討ちにもされかねない程の強敵である。そしてそれは、私が再三述べてきた「田舎住まい」であるという事実から来るのであった。
田舎人と都会人は何かにつけて対立しがちなものであるが、田舎人にとっては都会に住む人のみならず都会そのものも大きな敵である事は疑いようがない。何しろ、都会という奴はこれでもかこれでもかとどでかいビルを擁していやがる。あの上から目線で見ている感。威圧的だねえ。そして多数の人々。人ごみ一つ取っても好き嫌いはあろうかと思うけれど、少なくとも落ち着きはしないわな。後はその都道府県内でも主要な地域となると駅がだだっ広くてかなわん。自身大きめの駅に降り立った事があるのはこれまでの人生で数回程度だから、しかも初めて訪れる場所である事を加味すれば、正直言って明日も迷わずに無事乗り切れるかどうか少し不安だ。まあそこは、私と同じルートを辿って目的地へ向かう人波に決してそうとは悟られない顔付きでついて行くか、最悪外国人の境地に立って、日本語の分からない人でも適切にナビゲートしてくれる利便性溢れる掲示や表記や看板を最大限活用しようとは思っているが。つーかこれに限っては田舎だ都会だとかいう話じゃなくて、単に私が方向音痴なだけであるとも言えるけれど。

そんな田舎人に対し、都会人が田舎の事を敵視する事は針の先で突いた程もないと言える。何故ならば、景観、人口、駅構造、そのどれに出くわしたとしても都会人は言い放つであろうからだ。

何にもねえ(笑)
人少ねえ(笑)
無人て(笑) 無人て(笑)


例によって語弊なんぞ恐れてなんかいない。



07/03/05(月) 第679回 里帰り

いやー、看板見てりゃ何とかなるもんだな。

これが、敵地に単身赴き、色々とやられながらも全力で戦って、そして今ここに帰還を果たした生粋の田舎人が今日一日を振り返って学んだ事である。
田舎人は特だなあ。都会にちょっと出てみたっていうただそれだけの事で一ネタになるんだもんなあ。え? なってないって?

身も心も消耗しているので今日はこれにて勘弁。



07/03/06(火) 第680回 今度は友好国へ

一日が経って、改めて昨日の話。
実際、早朝の出発だった事で寝過ごしちゃったりとか、或いは乗り換えミスとかで思いもよらぬ方向へ旅に出て行く事になってしまったらどうしようかと思わないではなかった。でも2004年頃から始まって今も継続中の遠距離電車移動の毎日から得た何かは不思議と目的地に接近するに連れ私の目を覚ますし、それより何より看板が偉大過ぎる。方向音痴である事を重々認識しているにも拘らず降車駅のだだっ広い構内図をしっかり確認しないまま敵地へ乗り込むという行き当たりばったりな方策を取っていて、特に乗り換え時なんかは10分程度しか余裕のなかった私をあまりに的確に目的のホームへと導くのだ。そこの貴方、笑い事じゃあないぞ。事によれば私はてんで見当違いの方向へ向かう電車乃至新幹線に乗ってしまい、なおかつそこでうっかり眠りこけてしまえばつい手持ちのお金を全て使い切ってしまう程移動しちゃって帰るにも帰れなくなり、今日の更新がなくなっていたのかもしれないからだ。多忙でも惰性ででも書かれ続けた「雑文」が、忙しさではなくドジで途切れる。これは辛い。何だか色々辛い。だからこそ思うのだ。看板は偉大過ぎる。
ただ、駅構内の移動をほぼ看板に頼り切って切り抜けた男は、歩行者用看板出現頻度が著しく低下する駅構外には滅法弱かった。帰りがけ、駅とは反対方向にしばらく歩いた辺りは、方向音痴の面目躍如と言った所か。

さて、あまり昨日の話ばかりしてもいられない。と、言いつつ昨日の事に関する話だけで三日、四日とネタをしたためているのだが、そんな事は些細な問題だ。何となれば明日、別の地へ遠征へ行くのだ。何分フレキシブルにとの事だから今後の予定なんざ分かったもんじゃないが、この分だと今月は相当色々な所を飛び回る事になりそう。
ただまあ、明日に限ってはそんな大変でもないでしょうよ。何しろ向こうさんもこちらに負けじと田舎だし。


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